自治体職員の読書ノート

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【1323冊目】オスカー・ワイルド『サロメ』

サロメ (岩波文庫)

サロメ (岩波文庫)

ワイルドの原作を読み、続けてリヒャルト・シュトラウスのオペラを観た。オペラって、原作の内容がかなり大きく翻案されていることが多いのだが、「サロメ」に関してはせりふ回しも含めてかなり原作に忠実で、その点がかえってちょっと意外だった。

もっとも、オペラのほうはサロメの妖艶さをこれでもかとクローズアップするのに対して、原作のほうはむしろユダヤ教キリスト教の関係を背景とした濃密で陰鬱なレーゼドラマという印象が強い。だいたい、オペラでは最大の見せ場となる「七つのヴェールの踊り」なんて、原作ではト書き一行で終わっているのだ。

むしろ原作でもっとも迫力があるのは、踊りの終わった後、その褒美になんでもくれてやろうと言う王エロドにサロメが「預言者ヨカナーンの首を」と所望する場面。実はその前に、サロメはヨカナーンを誘惑するが、「呪われた女」と呼ばれ相手にするどころか目さえ合わせてもらえないという恥辱をうけているのだ。それだけは勘弁を、他のモノならなんでもやるから、と哀願する王に対して、サロメは決して譲ろうとしない。そして、ついにヨカナーンの首が斬りおとされると、サロメはその血まみれの生首に口づけをして、高らかに叫ぶのだ。「あたしはとうとうお前の口にくちづけしたよ!」と。

まるで「鳴かぬなら殺してしまえ」の風情だが、実はこの裏側に隠されているのは、ユダヤ教キリスト教をめぐるもうひとつのシナリオである。エロドはユダヤの王(オペラでは有名なヘロデ王になっている)であり、ヨカナーンとは洗礼者ヨハネ。そして前半部分でヨカナーンサロメに「世にお前を救ひうるものはただ一人しかをらぬ」と、サロメを救いうる人物として挙げるのは、明らかにイエス・キリストその人なのである。本書の解説では、この話は新約聖書マタイ伝・マルコ伝に基づいているらしいが、さもありなん。そして、そのような下敷きがあるからこそ、この物語のアンチ・キリスト的な退廃と官能がより強烈に迫ってくるのである(その意味で、聖書をよく知る西欧人にとっては、この物語はわれわれが読むのとはまた違った凄みをもっているのだろう)。

まあ、そういう理屈やウンチクはともかく、とにかくこの物語は、濃い。文庫本で90頁とたいへん短いながら、エロスとタナトス美徳と背徳、善と悪、生と死が超高度に濃縮されたドロドロの飲み物のような一篇。19世紀末のヨーロッパの爛熟した退廃の極致を、じっくり愉しまれたい。

R.シュトラウス:楽劇「サロメ」全曲[Blu-ray]

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