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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1320冊目】小川洋子『人質の朗読会』

人質の朗読会

人質の朗読会

某国の反政府ゲリラに拉致された8人が、自らを慰めるため行った「朗読会」。無事解放されるのかどうか分からない中、未来ではなく過去を「そっと取り出し、掌で温め、言葉の舟にのせる」ため、8人がそれぞれの過去を書き、朗読した。本書に収められているのは、そんな8つの小さな物語に、その朗読を聞いた人質救出の特殊部隊員が自分の物語を付け加えた9編だ。

個々の物語は、ただの昔話というにはちょっと幻想的で、不思議なエピソードばかり。な日々の生活そのものを綴ったというより、その中でエアポケットのように生じた奇妙な経験のほうに焦点が当てられ、そこだけが浮かび上がっているようにみえる。しかし、何よりこの本が異様なのは、個々の物語そのものというより、それを取り囲む枠組みのほうである。

冒頭に書いたとおり、物語を朗読した人々は(最後の特殊部隊員を除き)反政府ゲリラの人質だった。のみならず、実は人質解放は成功せず、彼らは全員、犯人の仕掛けたダイナマイトで爆死してしまう。つまりここに収められた物語は、すべて「語り手がすでに死んでいる」物語ばかりなのだ。

個々の短篇を読んでいる時は忘れていても、その末尾には「インテリアコーディネーター・。53歳・女性/勤続30年の長期休暇を利用して参加」なんて書かれているので、読み手はふっと思い出すのだ。ああ、この人はすでに死んでいるのだ、と。そのため、読んでいる間は、そうか、物語ることでこの人は、自分が生きていた証をこの世に残すことができたのか、と思っていた。しかしどうやら、コトはそんなに簡単ではないようなのだ。

本書の最後の短篇「ハキリアリ」では、何キロにもわたって一列に並び、身体より大きな葉のかけらを運ぶハキリアリが出てくる。そしてこの話を語る特殊部隊員は、それを明確に人質たちに重ね合わせている。なぜなら、ハキリアリが一列になって葉を運ぶように、人々もまた物語を運ぶからだ。そしてそれはおそらく、人質たちに限ったことではない。

物語として、その人の生きた証が残るということではないのだ。そんなちっぽけな話ではない。むしろ、ドーキンスの「人間は遺伝子の乗り物」論ではないが、物語と言う「自分が背負うべき供物を定められた一点に運ぶ」ためにこそ、人は存在しているのかもしれないのである。本書はそのことを、この異様な設定を通して浮かび上がらせた。この本は、物語が運ばれていくさまをこそ、一冊まるごとで描いた一冊であったのだ。