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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1309冊目】スタンレー・ミルグラム『服従の心理』

人類・人間・人生

服従の心理

服従の心理

きょうの「読書ノート」は、今年度からわたしたちの仲間になった新人職員のみなさんに捧げたい。その理由は……読んでいけば、おそらく分かるだろう。

さて、本書の土台になっているのは、心理学史上もっとも有名な、そしてもっとも恐ろしい実験だ。まず、その内容を説明しておこう。

まず、実験への「協力者」(つまり、あなた)が新聞広告で集められ、「処罰が学習に与える影響」を調べる実験への協力を求められる。実験室にはもうひとりの応募者と、白衣を着た「実験者」がいる。二人やってきた応募者はくじ引きで「学習者」と「先生役」が分けられるが、実はくじには細工がしてあって、あなたは必ず「先生役」に振り分けられる。

「先生役」であるあなたは、大げさな電撃発生器の前に座らされる。そこには15ボルト(軽い電撃)から450ボルト(危険・過激な電撃)まで、15ボルトきざみに30個のスイッチが並んでいる。あなたは、「学習者」に簡単な記憶テストを出題し、「学習者」が間違えるたびに電気ショックを与えるよう指示される。電気ショックは最初は15ボルトから始まり、間違えるたびに1段階ずつ上げていく。

テストが始まる。「学習者」はときどき答えを間違え、そのたびにあなたは電気ショックを(次第に強めながら)与えていかなければならない。75ボルトで「学習者」はうめき声をあげ、120ボルトで声に出して抗議する。そのまま続けると、150ボルトで「実験をやめてくれ」と言い、180ボルトでは「痛くて死にそうだ」と叫び、300ボルトになると、もう記憶テストには答えないぞ、と絶叫する。しかし白衣の実験者は、回答なしを誤答と解釈し、電撃を与えるよう指示する。そしてこう言うのだ。「何かあったら、私が責任をとります。だから続けてください」 330ボルトを超えると、もはや声さえ聞こえなくなり、回答が表示されることもなくなる。

言うまでもなく、この実験の「主役」は、実験への「協力者」にすぎないはずだった「あなた」である。学習者はサクラで、電気ショックなんて与えられていない。ただそのフリをしているだけなのだ。この実験の主眼は、こうした状況に人が置かれたとき、被験者がどこで実験者に反抗し、電気ショックをやめるか、というところにある。仮に「あなた」が参加したとしたら、どれくらいで電気ショックをやめるだろうか?

事前の予想では、学習者が「実験をやめてくれ」という150ボルトの時点で、自分だったら電気ショックを中断するだろうと答えた人が最も多かったという。ところが実際にやってみると、おぞましい結果が現出した。この実験、実はいくつかパターンがあるのだが、「学習者」の声は聞こえるが姿は見えないというパターンでは、なんと40人中25人が、最大レベルの450ボルトまで電撃レベルを上げ続けたのだ。学習者と同じ部屋に被験者を置いた場合でも16人、嫌がる学習者の手を電撃プレートに押し付けることまでやらされた場合でも、12人が最後まで電撃を与え続けたという。

この実験は通称「アイヒマン実験」と呼ばれる。なぜか。この実験が結果として解き明かしたのは、人は組織の一部となり、命令に従う立場となったとき、いかに残酷で無慈悲な存在になりうるか、ということだった。アイヒマンらが数百万のユダヤ人をガス室送りにしたのは、彼が特別に邪悪だったから、ではなく、単に粛々と組織の命令に従ったにすぎないからだ、ということだ。ハンナ・アレントはこのことを「悪の陳腐さ」と評したが、本書はそのことを、実験をもって客観的に明らかにした一冊であるといえる。

つまり、われわれは誰もがアイヒマンになりうるのだ。ナチスはモンスターの集団などではなく、われわれ自身の映し鏡なのだ。ユダヤ人を殺すガス室のボタンを押しているのは、ひょっとして「わたし」や「あなた」かもしれなかったのである。

この実験のもつ、目をそむけることのできない恐ろしさは、まさにこの点にある。家庭では良き夫(妻)、良き父(母)である人間が、ひとたび組織の中に組み込まれると、信じられないほど残酷な行動に出ることが分かってしまったのだ。著者はこうした状態を「エージェント(代理人)状態」と呼ぶ。

「権威システムに参加する人物は、もはや自分が独自の目的に従って行動しているとは考えず、他人の願望を実行するエージェント(代理人)として考えるようになるということだ。ある個人がひとたび自分の行動をこうした形で理解するようになると、その行動と内的機能には深刻な変化が生じる。それはあまりに顕著なので、こうした変化後の態度はその個人がヒエラルキーに統合される前とは別の状態に入るとすら言える」(p.180)

そして、エージェント状態に陥った人間の最大の問題は、責任の喪失である。著者は続けてこう書いている。

「エージェント状態への移行の結果として最も大きいのは、その人は自分を導く権威に対しては責任を感じるのに、権威が命じる行動の中身については責任を感じないということだ。道徳が消えるわけではないが、その焦点がまったく変わってくる。従属的な立場の人間が感じる恥や誇りは、権威が命じた行動をどれだけきちんとこなしたかで決まるようになるのだ」(p.194〜195)

ちなみに、この実験にはいろんな反論がある。本書の訳者である山形氏も、きわめて異例なことだが、本書の解説で反論(というか、別の考え方)を提示している。その考え方自体はたいへん興味深いが、残念ながら、比較対照に基づく実験で反証されていない以上、これはひとつの仮説として扱わざるをえない。

それにしても、思えばこの実験は、とんでもないパンドラの箱を開けてしまったものである。しかし、本当に次の「アウシュビッツ」や「ソンミ」や「アブグレイブ」をなくすには、われわれはこの実験結果を真正面から受け止めるところから始めなければならないのだろう。なお、この実験では確かに多くの被験者が命令に従って最後まで電撃を与え続けたが、途中で実験者の制止を振り切ってまで離脱した被験者も少なからずいたことも、また忘れてはならない。これから組織の一員として働くことになる「あなた」は、どちらの側の人間だろうか?

イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告 アイヒマン調書―イスラエル警察尋問録音記録夜と霧 新版