自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1306冊目】ダニエル・キイス『24人のビリー・ミリガン』

24人のビリー・ミリガン〈上〉 (ダニエル・キイス文庫)

24人のビリー・ミリガン〈上〉 (ダニエル・キイス文庫)

24人のビリー・ミリガン〈下〉 (ダニエル・キイス文庫)

24人のビリー・ミリガン〈下〉 (ダニエル・キイス文庫)

米国オハイオ州で連続強姦強盗事件が起こりビリー・ミリガンという青年が逮捕される。ところが、捜査に関わった人々は、ビリーの存在に仰天することになる。なんと彼の内側には、複数の「人々(人格)」が存在することが分かったのだ。その人数たるや、なんと24人(最初は10人しか出てこないが、その後24人いることが分かってくる)。多重人格という存在を世に知らしめた事件である。

本書は、ビリーの逮捕から精神病院への収容までをリアルタイムで追った第1部と第3部、24人のビリーの「誕生」を追った第2部から成っているが、本書の「核」となっているのは、多重人格発生のプロセスを追走したこの第2部といえるだろう。しかし、これがなんとも、痛ましく哀しい。そもそもビリーの人格が複数に砕け散った最大の原因は、養父チャーマー・ミリガンの性的虐待だったのだ。(もっとも、本書の刊行後、チャーマーはこのことを公式に否定しているらしい)。

とはいえ、チャーマーの「事件」以前にも、ビリーは他の人格と入れ替わることがあった。そういう時は、入れ替わっている間の記憶が飛んでいる。やった覚えのないことで叱られたり、気づいたら別の場所にいることもある。だから、チャーマーの一件はたしかに強烈な引き金だったかもしれないが、もともとビリーにはそういう「素養」があったのかもしれない。そのあたりについては、著者自身は淡々と事実を書くだけで、真相の解明にまでは踏み込んでいない。

いずれにせよ、その後のビリーの状況はすさまじい。次々にいろんな人格が入れ替わり、その度に話し方も振舞いもがらりと変わる。おどおどしていたはずが急に論理的になったり(アーサー)、暴力的なスラブ訛りの男になったり(レイゲン)、雄弁でおしゃべりになったり(アレン)する。その中には女性や小さな子どももいて、特に3歳のデイヴィッドは痛みを引き受ける役割をもっている。そして、<教師>なる中核的人格によりいったんは統合されかかったビリーは、悪名高いライマ病院に送られることで、かえって病状を悪化させてしまう。その後の物語は、どうやら続編『ビリー・ミリガンと23の棺』で明らかになるようだ。

本書は読み物としても面白いが、とにかくいろんなことを考えさせられる。いったいわれわれの「人格」とは何なのか。「自分」とは何なのか。ビリーのように自我が分裂した人間を、いったいわれわれはどう受け止めればよいのだろうか……。その後も「多重人格モノ」の本はいろいろ出ているが、それだけ、このテーマが読み手にいろんなものを突き付けてくるのだろう。本書こそ、その原点であり、原典なのだ。

ビリー・ミリガンと23の棺〈上〉 (ダニエル・キイス文庫)
ビリー・ミリガンと23の棺〈下〉 (ダニエル・キイス文庫)