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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1301冊目】J・M・クッツェー『遅い男』

遅い男

遅い男

主人公は60代の独身男ポール・レマン。冒頭、いきなり交通事故にあって吹っ飛ばされ、片脚を失う。そんなところから、唐突に物語ははじまる。

意地を張ったポールは、病院では義足を拒否し、自宅に戻ると、自分を年寄り扱いする介護士に腹を立ててクビにする。そんな彼のところにやってきたのは、クロアチア人の介護士マリアナ。ポールをちゃんと「人間として」尊厳をもって扱ってくれる、しかも仕事は熱心で丁寧なマリアナに、ポールは心を奪われてしまう……。

事故に遭ったことを差し引いても、正直なところ、ポールはかなり偏屈で気難しいジイさんという印象だ。若者どもを目のカタキにし、プライドが高く、独身生活が長かったためか、わがままが身についてしまっている。ハッキリ言って「扱いにくい」タイプの高齢者の典型だ。

それがマリアナに惚れこむと、今度は息子のドラーゴ(マリアナには夫と3人の子供がいる)の進学費用を用立ててやろうとヘンな気を回し、かえってその家族に波風を立ててしまう。だいたいこの一件だって、貧しい自動車修理工であるマリアナの夫の立場も気持ちもわきまえず、言葉は悪いが札びらを切ってマリアナの気を引こうというのだから、まったくしょうがないヤツである。しかし、ポールにしてみればなりふり構っていられないほどの惚れ込みようなのだ。

60過ぎて恋に落ちて、これほど青年のように純真な惚れ込み方ができるのは、考えてみればうらやましいコトである。もっとも、そんな下心はあっさりマリアナに跳ね返され、手を変え品を変えて言い寄っても、恋愛対象としてはほとんど相手にされない。

とまあ、ここまでなら、ちょっと取り合わせの変わった熟年恋愛小説という感じだが、実は途中で、妙な女性が物語に「闖入」してくるあたりから、この小説の「ヘン」さが全開となる。なんと現れるのは、作者クッツェーの分身たる女性作家、エリザベス・コステロなのだ。パッとしない外観、猛烈なおしゃべりのコステロは、いきなりポールのアパートに現れては「作者の視点」からポールのことをさんざんにこきおろしつつ、なしくずしでそのままそこに居着いてしまう。

この作品が妙なのは、こういう「メタ小説的」な人物が出てきても、物語そのものは淡々とリアリズムの世界で進んでいくところ。むしろメタ的視点をもったコステロのほうが、物語の中にそのまま入り込み、リアリズムの世界で呼吸している。しかもこのコステロ、ポールをさんざん非難し、毒舌を吐きまくりながら、どこかポールを救ってあげようという気持ちが見え隠れしている。むしろポールのほうが、このコステロを毛嫌いし、追っ払おうとばかりしているのだが、しれでも次第にコステロに気持ちが寄っていく。

果たしてこれは介護小説? はたまた恋愛小説? あるいは高齢者小説? もしくはメタ小説? おそらく答えは、そのいずれでもなく、同時にそのすべてなのだろう。なお、介護や看護に携わっている方は特に、ケアを受ける高齢者の複雑で屈辱的な心情がものすごくリアルに書かれているので、読んでおくとよろしいかと。もっとも、恋愛感情を持たれた場合の対処の仕方については、読んでもあまり参考にはならないかもしれないが……。

ちなみに本書、実は翻訳がすばらしい。特にクロアチア人マリアナのカタコト英語、息子ドラーゴの若者言葉、ポールの(コステロに言わせれば)「偽装の英語」などが、色分けされているかのように鮮やかに訳し分けられている。そしていたるところに仕掛けられた洒落やダブル・ミーニングの処理の巧さときたら! この訳なくして、ユーモアとダジャレとメタファーのカタマリのようなこの小説を日本語で楽しむことはできなかったろう。いや〜、うまい。