自治体職員の読書ノート

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【1274冊目】真渕勝『官僚』

官僚 (社会科学の理論とモデル)

官僚 (社会科学の理論とモデル)

どんな分野にも言えることだが、学問の世界での「研究」と、リアルな現場の実態には、多かれ少なかれズレがあるものだ。本書のテーマである「官僚制」についても、そうしたズレが感じられてしまう本がけっこう多いのだが、本書はちょっと違った。

もちろん、官僚制に関する理論面での整理はきちんと行われているのだが、それと共に、常に「実際に日本ではどう動いているか」を照らしあわせようとしているのだ。対象となっているのは、いわゆる霞ヶ関の国家公務員が中心だが、一方でそれぞれ一章を設けて「第一線の公務員」(いわゆる「ストリート・レベルの官僚制」)や司法官僚にも言及しており、総体としての日本の官僚システムを視野に、現場と理論の橋渡しを試みている。その中で、アメリカを中心に発達した官僚制研究の内容と、日本の現状の間にいろいろな相違点があることがうかがえ、理論対現場というだけでなく、日米官僚制比較という観点で読んでも面白い。

自治体職員としては、自分のふだんやっている仕事がこうやって「理論」として整理され、解説されるのはなんだか妙な気分だが、ヤミクモな公務員バッシングが幅を利かせる中、こうやって官僚制のメリットとデメリットを丁寧に整理し、きちんと問題点を明らかにする「冷静な」研究がこれだけたくさんあるということには、なんだか安心させられる。もちろん官僚制の問題点については十分に心していかなければならないわけであるが、その問題点にしても、メリットも踏まえつつ本質論としてこうやって指摘されると、素直にうなずけるものがある。

たとえば「官僚制の永続的性格」という節では、官僚制を「ひとたび完全に実施されると、破壊することの最も困難な社会現象」であると定義する。そして、その理由として官僚自身が「物質的・観念的に全存在をあげてその仕事に拘束されているために、官僚制から脱出できなくなる」一方、「国民は、官僚制がその活動を停止した時に生じる混乱を収めるための代替的な手段を持たないために、官僚制的支配機構から逃れられない」という。

問題はここからだ。続いて著者は「行政官僚に対してNPOが対等に渡り合えるようになるためには、NPOもまた官僚制を整備しなければならない」というのである。なぜなら「官僚制に対抗できるのは、あるいは少なくとも官僚制にいいように利用されないようにするためには、自らも官僚制化しなければなない」からだ。このくだりはマックス・ウェーバーの官僚制論を下敷きに展開されているのだが、まあなんとも皮肉というか、組織というものの本質的なパラドックスを官僚制の名のもとに指摘しているようで、こういうことをあの時代に指摘するウェーバーはやはりとんでもない慧眼の持ち主だったというべきなのだろう。

ほかにも、官僚の専門的知識にはオープンな専門知とクローズドな現場知に分けられること、官僚の「国士型」「調整型」「吏員型」の分類、官僚バッシングがもつ、ウェーバー式の「合理的な官僚制」以前への先祖返り的意味合いなど、なかなか面白い指摘が多い。特にウェーバーの官僚制理論に日本の官僚組織の実像をあてはめていくくだり(p.57〜)は、結果として日本の官僚制の特徴をみごとにあぶり出しており、たいへん参考になる。

なお、たぶん「官僚」ならざる大半の自治体職員にとって一番面白いのは、おそらく第6章「第一線公務員」であろう。ここでは警察官やケースワーカーなどの業務の実態を引きながら(それにしても、なんでこの人、現場の実態をこんなによく知ってるんだろう?)、いわゆる霞ヶ関の官僚とは違う日本版「ストリート・レベルの官僚制」の現状を明らかにしているのだが、ここだけでも現場の窓口や外回りの第一線に立つ職員は、目を通しておくとよい。自分の職務のことが、まったく違った視点から見えてくること請け合いである。