自治体職員の読書ノート

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【1259冊目】小澤征爾・村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』

小澤征爾さんと、音楽について話をする

小澤征爾さんと、音楽について話をする

いわゆる「有名人対談」みたいなものだと思って読むと、面食らう。むしろ相当にディープな音楽談義である。そもそも、村上春樹がこんなにクラシックに詳しく、また愛着をもっているとは知らなかった(もっとも『1Q84』でヤナーチェクシンフォニエッタなんていうマイナーな曲を取り上げていたので、それなりにお好きなのだろうとは思っていたが……)。

だいたい、6回にわたる「談義」の最初が「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番をめぐって」というもの。これがなんと、たった1つの曲についての談義が、66ページにも及ぶのだ。その中でグレン・グールドカラヤンバーンスタインルドルフ・ゼルキンインマゼール内田光子等々の「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番」が、表も裏も語り尽くされる。

それも、小澤征爾から村上春樹への、一方通行の「講義」ならまだ分かる。驚くべきは、それがちゃんと「対話」になっているところ、つまり村上春樹が、世界最高の指揮者の一人である小澤征爾と「タメを張って」音楽を語っているということだ。もちろんプロの世界のルールやエピソード、練習のやり方などの裏舞台的な知識では、小澤征爾のほうがはるかに詳しい。しかし、一枚のレコードから引き出される音楽の「語り」については、両者はほぼ対等。いや、ひょっとしたら村上春樹のほうが「聴き手」としては一枚上手かもしれない。

そして、そんな対談相手を得たからこそ、この本は、小澤征爾自身が思わぬ深さと広さで音楽を語るための、めったにない舞台を提供している。ただ音楽を聴くだけではわからない、音楽の、あるいは指揮や演奏の奥深さが、この本にはみごとに言語化されている。単なるオーケストラの「裏話」的な本はいくらもあるが、それが音楽の「創り方」「聴き方」の本質にまで届いているものとなると、めったにない。

こういう本を読むと、対談という形式のもつ威力というものを思い知らされる。たぶん単著では、ここまで小澤征爾の語りを引っ張り出すことはできなかっただろう。インタビューでも、生半可な聴き手ではここまではできない。かといって専門家同士の対談では、今度は難しすぎて、あるいは細かすぎて、今度はシロウトが入っていけないだろう。

そう思うと、村上春樹という「相手」は、まさにベスト・マッチングであったのではなかろうか。知識の豊富さ、音楽への愛情、音楽業界からの距離、そして当代随一の作家としての言語能力。だからこそ、カラヤンバーンスタインのゴシップ的な裏話も、音楽を作り上げるプロセスも、マーラーベートーヴェンの深奥に迫るアプローチも、すべてが可能になったのだ。

音楽を「読む」ことのできる、めったにない一冊。村上さん、今度は山下洋輔氏あたりと、ジャズについて「語り」を尽くしてくれませんか……?

1Q84 BOOK 1