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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1254冊目】カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』

人類・人間・人生

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)

1930年代の混沌とした魔都、上海が舞台。10歳で父母が行方知れずになり、孤児としてその後の人生を送ってきた探偵クリストファー・バンクスの、両親を探し求める冒険を描く。

といっても、ありきたりの冒険譚とはかなり違っている。まず、バンクス自身の上海での幼い日々をたどるシーンに、かなりウェイトが置かれている。特に、アキラ・ヤマシタという隣家の日本人少年との交流は印象的。そして、そこで描かれている内容が、結局は「現在」における両親探しのためのヒントとなっていく。それもそのはず、20年も前に姿を消した両親をたどる手掛かりは、ほとんど自身の「記憶」にしかないのだから。

過去と現在を行ったり来たりする中で、20年前の両親を現在に捜すという行為自体が、だんだん非現実的で妄想的なものに感じられてくる。読み進むほどに現実感がなくなり、どこまでが現実で、どこからがバンクスの妄念なのか、だんだん区別がつかなくなってくる。いや、妄念というよりむしろバンクスの「過去」というべきか。どうやらバンクスは1930年代のロンドンや上海に身を置きながら、その心は1900年頃の幼少期にとどまったままであるようだ。

ノスタルジー、といってしまえばそれまでなのかもしれない。しかし、そのノスタルジーこそがバンクスを支え、20年後の両親探しに向けて突き動かしているようにも思える。だが、結局そのノスタルジーは、きわめて残酷なカタチで打ち破られる。あまり詳しく書くとネタバレになってしまうが、皮肉なことに、両親を襲った運命の真相を知ることで、バンクスは否応なく、追憶に片足を突っ込んだままのような人生からひきはがされ、一人の大人として、「いま」の現実に向き合ったの人生を歩まざるをえなくなるのである。

思えば本書のタイトルは「わたしたちが孤児だったとき」であった。バンクスはひょっとしたら、ずっと「孤児」として育ち、そのままで大人になってしまったのかもしれない。真実を知ることは、彼が孤児を卒業するためのイニシエーションだったのだろうか。しかし、だとするとそれは、なんと過酷な運命であることか。バンクス自身にはなんの咎もないだけに、両親(特に母親)を襲った運命には胸が痛む。そして、その真実を温かく包むようなエンディングは見事。

人生の酸いも甘いも知りつくした、大人のための小説。