自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1249冊目】稲継裕昭・山田賢一『行政ビジネス』

行政ビジネス

行政ビジネス

てっきり「官から民へ」系、民営化系の本かと思っていたら、まったく逆だった。公的領域を「民」が担うのが民営化なら、本書で書かれているのは、行政が自らビジネスに取り組んだ実践例なのだ。中でもメインを張るのは、福井県の「恐竜ビジネス」。

著者の一人、山田氏は福井県の「観光営業部」に所属されているとのこと……なのだが、そもそも部署名に「営業」というコトバがあるのが面白い。実際、福井県は今までの行政ではちょっと考えられないような、ビジネスとしての取り組みを展開しているという。特に最大の観光資源である「恐竜」に関しては、恐竜博物館を核としてユニクロ楽天クロネコヤマトやホテル、スキー場やUSJなどの民間企業とのコラボレーションが実施されている。

しかもそれは、今までの行政にありがちな「待ちの姿勢」ではなく、むしろ県自らが営業活動を展開し、勝ち取って来たものであるという。さらに、行政がこの手の「ビジネス」に乗り出す場合、たいていは第三セクターなどの別団体を作ってそこが業務主体になることが多いのだが、福井県の場合、県庁自らが「直営」で取り組んでいるのだ。

当然そこには、地方自治法をはじめとした様々な制度上の制約があったことと思われるが(第5章の「行政ビジネス、ビフォー・アフター」にその片鱗がうかがえる)、そのあたりをどのようにクリアしていったのかというノウハウや苦労談はあまり書かれていない。もちろん書きにくい部分もいろいろあるのだろうが、欲を言えば、実務レベルでの具体的な情報(苦労話、ウラ話)がもうちょっとほしかった。

それにしても、行政がビジネスを行うということの意味を、本書はいろいろ考えさせてくれる。そもそも、本書でも指摘されているとおり、行政とビジネスは普通に考えられているほど「縁遠い」存在ではないはずなのだ。実際、国レベルでは鉄道技術等の海外への売り込み(トップセールス)がもはや当たり前のように行われているし、自治体レベルでも、東京都水道局が「水ビジネス」に参入するという報道があった。持てる技術や資源をビジネスモデルとして海外に展開していく事例は、決してまだ多くはないかもしれないが、すでにいくつも存在するのである。

もちろん「行政」である以上、単に儲ければよいというものではない。こないだ読んだドラッカー先生もおっしゃっているが、まさに「成果」をあげて社会に「貢献」するという、真の意味ででのビジネスが、特に行政には求められるのだ。本書にもこう書かれている。「行政はビジネスをすべきというときに、単なる収支議論と混同しないように気を付ける必要がある。行政ビジネスと言っても採算をとることが重要ではないのだ。ビジネスの仕組み、市場の力を使えば、行政目的をよりよく実現し、それが継続するということに意味があるのだ」(p.209)

こうした取り組みの行く末にあるのが、「公私二元論」から「公私融合論」へのシフトチェンジである。これまでの「公領域=官」「私領域=民間」という区分けを超えて、公領域にも民が参入し、一方でマーケットという私領域にも行政が進出する。当然、もともと両方の領域にまたがるように存在しているNPO社会的企業にとっても活躍の場が広がることになる。

冒頭に書いたように、これまでこの手の議論になると、行政はどうしても民間に「押される側」であった。これまで担ってきた公領域を明け渡せ、という論調が多かった。しかし、本書はその逆の可能性を示している点で興味深い。「攻める行政」だってアリなのである。福井県の事例には、そういう意味でずいぶんと勇気づけられるものがある。

ちなみに私は本書を読んで、福井県の「恐竜博物館」に行ってみたくなった。あ、ということは、本書の出版もまた福井県の「ビジネス」の一環だったのか。結局しっかり乗せられてしまった私であった。

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