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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1229冊目】ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』

国家・市場・労働

読んでいると、目がくらむ。はらわたが煮えくりかえる。背筋が寒くなる。

チリのピノチェト軍事政権。ソ連の崩壊。天安門事件。タイのバーツ危機。スマトラ津波。アメリカ同時多発テロイラク侵攻。ハリケーン・カトリーナ

クーデターや戦争、自然災害などの「危機」であること以外、無関係に見えるこうした事件。しかし、本書はそこに一本の糸を通し、そこに隠れている「意味」を浮き彫りにしてみせた。それが本書のサブタイトルにもある「惨事便乗型資本主義」である。

本書によると、こうした惨事に巻き込まれた人々は、3つの「ショック」に遭遇する。最初は、天災や戦争などの「事件」そのもののショック。二番目は、最初のショックによる恐怖や混乱で茫然自失状態に乗じて一気呵成に導入される経済的ショック。そして三番目は、この経済的ショックの強引な導入に抵抗した人々に対する、強制的収容や拷問、残虐な処刑などのショックである。

このパターンは、チリやアルゼンチン、ボリビアなどの南米に始まり、共産主義崩壊後のポーランドソ連、資本主義導入をもくろんだ中国、通貨危機津波に見舞われたアジア、そして中東と、世界中で判を押したように繰り返されたものだった。本書はその構造を、緻密で膨大な事実の積み重ねによって明らかにし、一見無関係な事象をつなぐ恐るべき「世界の裏シナリオ」を暴露した一冊だ。

「主人公」(というより「ヒール」)は、ミルトン・フリードマンを領袖とするシカゴ学派。彼らの教義は、すべてを「自由競争」の渦の中に投げ込み、公的部門を極限まで縮小し、「市場の見えざる手」に委ねようとする、いわゆる新自由主義である。日本でいえば、小泉−竹中ラインが主導した「構造改革」「郵政民営化」や、みんなの党が主張するような「官から民へ」イデオロギーが該当する。

しかし、こうした「教義」をストレートに自国の経済に導入しようとする政府は、普通は、それによって競争に放り込まれ、失業や貧困のリスクにさらされる一般庶民の大反対に逢う(日本ではどういうわけか大絶賛されたが)。特に、その正体が国内の産業活性化ではなく、「グローバル企業」による一方的な収奪を意味するとすればなおさらだ。

実際、こうした「改革」を断行した国では、ことごとく社会の貧困化が進んだ。大量の失業者が生まれ、インフレで物価は高騰し、大量の公務員が首切りにあい(その結果として公共サービスが崩壊し)、国内で回っていたはずのマネーは、ハゲタカのように群がる欧米の巨大企業によって、ことごとく吸い上げられた。小泉政権下の日本で起きた変化は、まだマイルドなほうなのだ(後で書くが、これから本格的なやつがやってくると思っていたほうがよい)ロシアでは数千万人単位の失業が生まれ、韓国では自殺者が倍増し、イラクでは復興予算のほとんどが闇に消えた。

繰り返しになるが、したがってこんな「改革」を歓迎する国民など、ふつうはいるはずがないのである。そこで始まるのが、お定まりの弾圧と拷問による恐怖政治だ。これまで、こうした弾圧や拷問は、経済的理由とは無関係の、政治的な活動が原因と思われてきた。しかし、本書のクリーンヒットは、国家の政策に反旗をひるがえし、そして迫害されてきた人々の多くが、実は突然の一方的な「改革」によって職を奪われ、貧困のどん底に叩きこまれた普通の人々であったことを暴露した点にある。

主犯がシカゴ学派と多国籍企業なら、共犯はアメリカであり、IMFであり、世界銀行だ。とりわけアメリカは、企業の利害と政府のトップの利害が結び付いた「コーポラティズム国家」と化している。本書によれば、ドナルド・ラムズフェルドディック・チェイニーら政府高官は、カーライルやギリアム、ハリバートンなどの巨大企業と密接に結びついていた。イラクの復興では、地元の中小企業は電気も通っていない(通してもらえない)のに、アメリカからやってきた巨大企業が膨大な予算のついた復興計画を「受注」し、実際の仕事は孫請けのそのまた下請けにまで流しつつ、その間で多額の「中抜き」を行っていた。結局、イラクの復興予算のうち膨大な額が、当のイラクには還流せず、企業の懐に流れ込んだのだ。そしてもちろん、これはイラクだけのことではない。

彼らにとって、戦争や災害などの惨事こそは「設けるチャンス」に他ならない。そのために、彼らは世界中で血の匂いを嗅ぎまわり、惨事が起きるやいなやそこに一斉に食いついては利益をむさぼったのだ。スマトラ津波では、漁民の家が流された跡地が囲い込まれ、大規模なリゾートホテルが建設された。地元の漁民は「観光客に不快感を与える」ため追い払われる一方、立ち退き先の土地さえ与えられなかった。ハリケーン・カトリーナ被災地では、葬儀会社が遺体の「処理」を請け負ったため、地域住民やボランティアが遺体を探し、埋葬することは「営業妨害」とされた。そのため、手をつけることもできない遺体がゴロゴロしていたという。世界きっての「先進国」、アメリカでの出来事だ。

かつてはこうした経済的利益のために、CIAによってクーデターが画策されたり(南米諸国)、IMFが偽りの情報を流して通貨危機を演出したこともあった(トリニダード・トバコなど)。しかし今や、惨事は起きるのをただ待っていればよい。環境危機や政治の不安定化、イデオロギーや宗教の対立を解決しようとせず、ただ座視し、放っておけば、戦争やクーデターや自然災害は勝手に起き、被害を拡大してくれるからだ。以前は戦争やクーデターがあると経済は悪化した。しかし今や、惨事の度合いと経済指標は比例するという。多くの人の命を奪い、生き残った人々にも悲惨な生活を強いる災害や戦争は、巨大企業の連中にとっては、まさに「ひと儲けする」ためのチャンス以外のなにものでもないのである。

もちろん、惨事がなくても、世界的な巨大企業による「収奪」のチャンスはほかにもある……例えば、関税や規制の撤廃とか、自由貿易圏の確立などだ。もちろんそれによって、トヨタや日産のような日本の「巨大企業」は、「食う側」に回ることができ、それなりの利益を得ることができるだろう。しかし、その恩恵が一般庶民まで下りてくる(トリクルダウン)ことは、もはや期待できない。むしろ一部の人々が極端に肥え太る一方、格差はますます広がり、貧困層が増加し、「民間事業を阻害する」公的部門は縮小され、福祉や医療のシステムは崩壊し、大量の失業者が街にあふれるだろう。

ひょっとすると、小泉改革でも目が覚めなかったわが国民は、これくらいの状態にまでならないと、新自由主義の意味を理解できないのかもしれない。むしろ展望があるとすれば、その後だ。最初にシカゴ学派の洗礼を浴び、収奪と貧困のどん底に叩きこまれた南米諸国で民衆が立ち上がり、アメリカ合衆国IMFに明確なノーを突きつけているように。しかし、もしその前になんとかしたかったら、まずはこの本を読むことだ。グローバリズム自由貿易はいいことだといまだに思っている人、TPP賛成、なんてノンキなことを言っている人は(もちろん「食う側」だという自覚があれば別だが)、食われる前にこの本を読むべきだ。次に食われるのは日本だ、と煽るつもりはないが、いつ食われてもおかしくない状況にいるということは、知っておいた方がいい。