自治体職員の読書ノート

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【1222冊目】真梨幸子『殺人鬼フジコの衝動』

殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)

殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)

分類すれば、いちおうミステリ小説、それも叙述トリックものということになるのだろうか。トリック自体はそれほど凝ったものではないが、それまでの全体構造が、そもそもミステリというよりフジコという女性の半生記のような語り口になっているので、まったく知らないで読むと、「そういう趣向だったの?」と、ちょっとびっくりするかもしれない。

もっとも、私自身は「あとがきに秘密がある」(←白フォントで表記)ことを前もって知っていたので、どんでん返しの楽しさはそれほど味わえなかった。むしろ、読みながら「ひょっとして……」と思っていた部分がどんぴしゃりで予測的中だったので、かえってがっかりしたほど。

というか、読み終わった後の正直な感想を言うと、これはミステリの部分がかえって邪魔な小説だと感じた。なんといってもこの小説のよみどころは、フジコという女性の最低最悪の人生を(いささか誇張したカタチで)追体験できるところだと思うのだ。

問題の「あとがき」によれば、フジコの人格と行動を理解するキーワードは「仮の人格=as if personality」だという。それは「その場その場の空気に従って振舞うことができる高度な適応力を持ち合わせていながら、自分というものをまったく持っていないため、いつでも仮のパーソナリティを演じ続けなければいけない傾向」(p.273)のこと、だという。しかも、その仮面は実にもろく、壊れやすい。

いかにも現代の日本人にありがちなパーソナリティであるが、それが極限まで進むと、どうなるか。そのおぞましい姿を、ここまで小説の中で描写できた時点で、これは著者の「勝ち」であろう。実際、本書はフジコの人生を描く、その引きずり込むような迫力で、ページを繰る手を止められなくする。ミステリの部分が邪魔に感じたというのは、まさにその迫力に水を差されたように思ってしまったから。

むしろこの本は、フジコの異形を書き切ることに徹してしまったほうがよかったのではあるまいか。そうすれば、「悪女」という意味で、本書はデフォーの『モル・フランダース』あたりの系譜を継ぐ作品にすらなりえたかもしれない。さらに、その現代的な空虚感や、犯罪が犯罪を呼び、スパイラル状に堕ち続けていくさまは桐野夏生の小説か。しかし私が本書を読んでいて連想したのは、マンガ『闇金ウシジマくん』だった。

このマンガに出てくるOLやフリーターたちは、まさに本書のフジコそのもの、あるいはそのヴァリエーションである。違うのは、人格の破綻の方向性が、殺人に向かっているのか、借金に向かっているのか、という点にすぎない。本書(や「ウシジマくん」や桐野夏生)を読んでいると、その向こうに、現代という病んだ時代のどす黒い空気が見えてくる。虐待。イジメ。虚栄。貧困。魯迅の『狂人日記』ではないが、人が人を食う時代はすでに来ているのだと、思い知らされる。どんより。

モル・フランダーズ 上 (岩波文庫 赤 208-3) OUT 上 (講談社文庫 き 32-3) 闇金ウシジマくん 1 (ビッグコミックス) 阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫)