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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1206・1207冊目】『百年文庫7 闇』『百年文庫8 罪』

(007)闇 (百年文庫)

(007)闇 (百年文庫)

(008)罪 (百年文庫)

(008)罪 (百年文庫)

いずれもヘビーなタイトルだが、そのうち「闇」は内容もずっしりヘビー級の3編。アフリカの闇と心の闇が重なるコンラッドが印象的だった。

ジョゼフ・コンラッド「進歩の前進基地」
『闇の奥』ではクルツという怪物じみた人間を核に、アフリカの闇の深さを描いたコンラッドだが、この作品もまた、その本領を発揮した一篇。アフリカに送り込まれた2人の白人が、そこの濃密な空気に押しつぶされるように、徐々に壊れていくさまが恐ろしい。

大岡昇平「暗号手」
こちらはフィリピンの奥が舞台。その意味ではコンラッドと対をなしているようなところもあるが、主人公にのしかかってくるのは、フィリピンの密林というよりも、軍隊と言う組織の圧迫感だ。『野火』や『レイテ戦記』では戦争そのものを生々しく描いた著者だが、ここでは軍隊の特殊性というより、現代にも共通する組織の中の人間関係をみっちり描いた一篇。

○ギュスターヴ・フロベール「聖ジュリアン伝」
狩猟で生き物を殺すことに残虐な喜びを見出したジュリアンは、その果てにおのれの両親を手にかけてしまう。善と悪、光と闇の間を揺れ動くジュリアンの波乱に満ちた人生を通して、ギリシャ悲劇的な重厚さの中に、キリスト教的な転回、そして救いがみごとに描かれている。

さて、「罪」のほうは、ツヴァイク魯迅がいずれも10数ページの超短編で、全体の3分の2以上をトルストイの作品が占めている。

シュテファン・ツヴァイク「第三の鳩の物語」
ノアの物語を下敷きに、飛び続ける鳩の自由さを描いたとされている。しかしその描写は、決して解放感を覚えるものではなく、むしろもっと重くて宿命的で逃れがたいものを感じた。ナチスの手を逃れてブラジルやアメリカに渡ったツヴァイク自身の苦難の彷徨が、この小さな鳩に託されているのかもしれない。

魯迅「小さな出来事」
これはなんとも魯迅っぽいというか、日本の明治時代の作家が書いてもおかしくないような、見事な小品。描かれているのは、キリスト教とはまったく違う、いかにも東洋的な「罪」なのだが、これを罪(というか恥?)と感じるのが東洋人の感覚なのだ。車にひかれた幼児の脇を素通りする今の中国でこそ、読まれるべき一篇。

○レフ・トルストイ「神父セルギイ」
トルストイ晩年の知られざる傑作。俗世を捨て、隠遁のなかに信仰の道を生きる主人公が、その信仰を称えられるゆえにかえって、俗世の評価と虚栄にまみれていく。そんなセルギイと、それを持ち上げる周囲の姿に、当時の宗教界へのトルストイの厳しい目が二重写しで見えてくる。ラスト、苦労を重ねて貧しい暮らしを送る幼ななじみのパーシェンカとの再会で、セルギイは真の「転回」を経験する。「おれは神のためを口実にして、人々のために生きてきた。ところが彼女は人々のために生きると自分では思いながら、神のために生きているのだ」(p.149)