自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【1204冊目】レイ・ブラッドベリ『火星年代記』

火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)

火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)

いわずと知れたブラッドベリの歴史的傑作。火星に向かうロケットの発射シーンにはじまり、火星への探検、入植、火星での人類の日々、そして地球で戦争が起き、人類が火星を去るところまでが、連作短編のスタイルで描かれている。

ずいぶん前、おそらく中学生か高校生くらいの頃に読んだような気がするが、新版が出たとのことで、あらためて読み直してみた。すぐ気付いたのは、ああ、これは寓話小説でもあったんだ、ということ(以前は単に近未来小説として読んでいた)。この小説は明らかに、西洋の植民地主義や侵略の歴史を、地球と火星、地球人と火星人の関係に置き換えて描いている。

火星人が「水ぼうそう」で大量死してしまうシーンはそのままスペインの南米侵略だし、探検隊のアメリカ人たちがやたらにアメリカ風の地名をつけたがり、考える前にすぐ銃をぶっ放し、どこでもヤンキー流を押し通す傲慢無礼さは、まさにアメリカの「フロンティア・スピリッツ」の戯画化したもの。そうなると、火星の光景や火星人の知的なありようが幻想味たっぷりに描かれているのもまた、地球人(特にアメリカ人)のアホさ加減を際立たせるためかと思えてしまう。

しかし、それは明らかに裏読みのしすぎというもので、読み方としてはちょっともったいない。この本の極上の魅力は、なんといってもそこにただよう詩情と抒情なのだ。読んでいると、地球から遠く離れたさびしさと郷愁がじわりとこみ上げ、火星のこの世ならぬ美しさとはかなさが胸にささる。だいたい、未来という設定のはずなのに、どうして読んでいてこんなにせつなく「懐かしい」気分になれるのだろう。

ちなみに「未来」ということで言えば、本書は新版ということで、収録短編がいくつか入れ替わっているとともに、設定が初版から30年ほどずれている。なんと初版での設定は1999年から始まっていたのだ(新版ではこれが2030年からと修正されている)。このあたりはオリジナルのファンにはいささか違和感のあるところかもしれないが、これからこの本を読む人にとっては、確かに1999年火星移住なんて書いてあると、小説に入りにくいところはあるかもしれない。そういえばドラえもんも、最初は21世紀から来たはずが、いつのまにか「22世紀から」に変わっていたなあ。

ちなみに、入れ替えによって加わった短編「火の玉」は、身体を捨てて精神のみの生命体になった異種の火星人と、地球から伝道のためやってきたキリスト教の牧師たちとの対話なのだが、「火の玉」火星人のほうがなんだか悟りを得た禅僧、あるいは老荘ふうの老賢者を思わせる達観ぶりで、ブラッドベリ宗教観もうかがえて面白い。

また、前回読んだ時になんじゃこりゃと思った「第二のアッシャー邸」は、なんと書物を迫害する「焚書派」への「書物派」の逆襲だったのね。しかもそれが、エドガー・アラン・ポオへのオマージュであり、同時にパロディになっていて大爆笑(しかしこりゃ、ポオの小説を読んでいないと何がなんだかわからないかと)。そしてまた、この短編はまぎれもなく、後の傑作『華氏451度』につながるブラッドベリの「種火」でもあるのだろう。書物と幻想に対する愛情がこんなひねくれたカタチで表現されているのが、いかにもブラッドベリらしくてほほえましい。

黄金虫・アッシャー家の崩壊 他九篇 (岩波文庫) 華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)