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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1200冊目】川上弘美『真鶴』

真鶴 (文春文庫)

真鶴 (文春文庫)

京(けい)には16歳の娘がいる。母親と娘と、女3人でくらしている。夫の礼は、娘が3歳のときに失踪した。いまも行方はわからない。

用もないのに思い立って東京駅から東海道線に乗った。ふと降りたのが真鶴だった。砂、という表札のある小さな宿に泊まり、ひっそりとした町並みをあるいた。ついてくるものがいた。京には、ときどきなにかがついてくる。だれにも話したことはない。そのときついてきたのは、女だった。

そんなふうにしてはじまる。ふしぎな感触の小説である。読んでいると、現実と非現実の「あわい」のようなところにつれて行かれる。そこは、にじむように境目がぼやけている。京は失踪した夫に思いをめぐらせ、びみょうな関係の中学生の娘と話し、青茲という妻子ある男性とセックスする。そんな現実のいとなみと、非現実の奇妙なできごとが、もやもやとまじりあっている。

京という女性は、なんだか身体にも心にも、空洞というか、埋めてもらいたい欠落を抱えているように思えた。身体の空洞は、抱き合い、セックスすることで埋めてもらえる。しかし、心の空洞はそうはいかない。京はそれを埋めてもらいたくて、さまよっているような気がする。

それは夫の失踪によりできたものなのか。その前の、夫の不倫のあたりでできたのか。あるいは、もっとずっと前から京のなかにあったものなのだろうか。いずれにせよ、その欠けている部分が「ついてくるもの」を呼び寄せ、さまざまな不思議なもの、この世ならぬものを京にひきよせているように思えた。

真鶴は、この小説では、この世とあの世、現実と非現実が交錯するふしぎなトポスとして描かれている。実は真鶴には、職場旅行の帰りだったか、一度立ち寄ったことがある。海の匂いのする、落ち着いた街並みを覚えている(そういえば、自治体関係者にとっては、景観行政に力を入れていることで有名なところだ)。この小説を読んだあとで行ったら、また違った景色が見えてくるだろうか。というか、そもそも真鶴の人はこの小説をどう感じるのだろうか。ちょっと聞いてみたい気がする。