自治体職員の読書ノート

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【1186・1187冊目】川上未映子『わたくし率 イン 歯ー、または世界』『乳と卵』

わたくし率 イン 歯ー、または世界 (講談社文庫)

わたくし率 イン 歯ー、または世界 (講談社文庫)

乳と卵(らん) (文春文庫)

乳と卵(らん) (文春文庫)

『わたくし率…』の強烈なタイトルが、前々から気になっていた作家さん。『乳と卵』と並んで、薄めの2冊が図書館の文庫本コーナーで佇んでいたのを、気づいたら手に取っていた。


読み始めてまず、その大阪弁全開の独白調にびっくり。あっ、町田康、と最初は思ったのだが、うーん、どこかちょっと違う。いや、だいぶ違う。似ているのは、一見書き流しているようで実は相当に選びつくされた言葉と練り込まれた文章、それが作りだす絶妙のリズム感というかビート感(あっ、そういえば、どっちもミュージシャンだ)。しかし、なんというか、その指先が押してくる読み手のツボの位置が違う、ような。


私の場合、町田康の文章を読んでいると、自意識の奥の奥、ふだん見ないようにしている一番みっともなくて恥ずかしいところをほじりだされているような気がする。それがまたマゾヒスティックな快感だったりするわけだが、川上未映子の場合、女性の内面ということもあるのか、見てはいけない、入ってはいけない場所にふと入り込んでしまったような気恥ずかしさを感じた。


うまくいえないのだが、間違えて女性トイレに入ってしまった感じというか(以前、某ファストフード店で閉店後の清掃アルバイトをやっていたとき、これは業務上堂々と女性トイレに入ることがあったのだが、あの時のなんともいえない居心地の悪さに似ている)、ヨソのお宅に招かれて、そこでトイレを借りたらそこに生理用のナプキンが置いてあった時の感じというか(そういうことが、こないだあったんです)。


特に『乳と卵』は、扱われている題材がモロに「豊胸手術」と「生理」だから、男性にとっては未知の世界そのもので、それだけに、女性の置かれているいろんな意味での身体的めんどくささと、それにともなう微妙な心理状態が、すごくリアルな感覚として伝わってくる。印象的だったのは、銭湯(もちろん女湯)で豊胸手術をしたい巻子と語り手である夏子が、人の乳を見て品評するシーン。男としては、まったくもって戸惑うばかり。もっとも、女性にとっては、たぶん全く違う読み方ができる小説なんだろうな、と思う。


もっとも、読んでびっくりしたのは『わたくし率…』のほう。この本の語り手である「わたし」はなんと、「私とは奥歯である」という自己規定をしているのだ。そのことを言明した、ものすごい文章が、コレ。


「脳のあらへん状態で・私が存在したことが・この今まで一度もないのであって・脳がないなら私はいないと・そういうことは云いたくはなるけど脳があるかぎり誰にも証明することができません・そやので私というものは・脳とは関係ないかもしれませんしもしかしたらやっぱり関係あるのやも知れませんけれども・人がどこ部で考えてるんかということが・もちろんそれが脳であってもまったくぜんぜん何も問題はないんですけど・脳なしで考えたことがない以上は・私はかかとで考えてるのかも知れへんし・肩甲骨で考えてるのかも知れへんし・もしかしたらベタに目玉で考えてるのやも知れへんし・でもってそれらのどれもが欠けたことがないのであってこれはじっさい、大変やあ・ほかにも細胞のいっこいっこが考えてそれがどっかに集合してるというような手もあるけども・いったいどこ部に集合してるの・これはこれで大変やあ・これはすべて並列な可能性・なので私は・鏡の奥に映して見える・鏡の奥に映せば見える・この奥歯を私であると決めたのです」(p.12〜13)


この「奥歯が私」と決めた「わたし」は歯科助手をしつつ、出産どころか妊娠すらしていないのに、将来のわが子に向けた手紙を書き、「青木」という男性に恋をしているのだが、どうも本当に恋人関係にあるのかというとアヤシイ。そしていろいろあった挙げ句、「わたし」は「私自身」であるところの奥歯を抜くことを決断するのである。そして奥歯が抜かれる間際、「わたし」の脳裏によみがえるのは、かつて味わった凄惨ないじめの数々……。


わたしを離れたい。私という主語を消し去りたい。そういうことをテーマにした小説やエッセイは、ないわけではない。しかしそのために、奥歯を私と規定した上でそれを引っこ抜くという、そんなダイレクトでフィジカルな方法がありえたということに、読んでいてびっくりした。ヘンなタイトルの小説だが、読み終えてみると、このタイトルはぴったり。ちなみに、世間では哲学的テーマを小説化したなどと評されているが、読むときにはあまり気にしないほうがいいかもしれないように、個人的には思います。