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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1176冊目】スティーヴン・ジェイ・グールド『ワンダフル・ライフ』

ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語 (ハヤカワ文庫NF)

ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語 (ハヤカワ文庫NF)

カナダのバージェス頁岩で見つかった不思議な(本書によれば「奇妙奇天烈」な)生物の化石をもとに、カンブリア紀に起こったとされる「多細胞生物の爆発的出現」の謎に迫る一冊。


いろいろ内容については議論のある本らしいが、とにかく読み物として抜群におもしろい。まず、「登場」する動物のイラストをパラパラ見ているだけでも飽きない。5つの目とノズルのような突起をもつオパビニア、草履のような形状で一反もめんのように水中を遊泳するオドントグリフス、7対のトゲと7対の触手をもつ長虫のようなハルキゲニア……。


特に個々の生物を紹介する第3章は、見たこともない、それどころか想像したこともない奇妙な生物のオンパレード。こういう連中が、カンブリア紀の海の中に、実際に存在したというのだからたまらない。その奇想天外なデザインをみると、人間の想像力の限界を感じる。


さらに、こうした生物の多くは、見た目が奇妙であるだけでなく、既存の生物学上の分類にはあてはまらない存在だった(本書の一部は、こうした生物を「無理やり」現在の分類に押し込めようとした過去の学者たちへの批判となっている)。それが今をさかのぼること5億数千年前、わずか500万年ほど(地質学的な単位では、ほぼ「一瞬」)の短期間に、一挙にこの地球上に出現したのだ。そして、この時点で生物の基本デザイン(動物門)は、ほとんどすべて出揃ってしまったというのである。これは、従来の進化論の考え方に大きな変更をもたらすものだった。


従来、進化論では逆円錐型の枠組みで進化の流れを捉えてきた。つまり、生物は共通の祖先から次第に枝分かれを繰り返して多様に進化し、その結果として現在の生態系が存在するという考え方だ。しかし、この「バージェス・モデル」は、まったく逆の方向性を示している。それは、生物はある時期に爆発的に進化し、その後の過程で一定に「絞り込まれて」現在の生態系に至っているというもの。扇のようなカタチではなく、フォークの歯のようなイメージといえばわかりやすいだろうか。


では、そこで絶滅した「敗者」と、現在に至るまで子孫を残すことができた「勝者」の違いはどこにあるのか。すぐれた者が残り、劣った者が消えたのか。そうではない、とグールドは言う。バージェスの頁岩に見られる生物たちの機能を比べたところ、その中ですぐれた性質を持ったものが生き残ったという証拠は見られなかった。そこでグールドが行き着いた結論が、実は後の議論のタネになった。


それは、「勝者」と「敗者」を分けた大きな要因は「偶然」であるという、ある意味驚くべき回答であった。もちろんグールドは、すべてが偶然で決められたとは言っていないし、いわゆる自然淘汰の働きを否定しているわけではない。しかし、単なる優勝劣敗だけで進化のプロセスが語りつくせることも、またありえない。そこには一定の偶発性の要素がはたらいているはずである。この仮説を、グールドはわれわれヒトという種の存在に結びつけて、こう語っている。


「バージェスは、生物のパターンをもたらした源に関する一般的な考え方を逆転するにとどまらない。バージェスは、とにもかくにも人類が進化したという事実に関して、新たな驚き(そしてスリル)をわれわれにもたらしてもくれるのだ。われわれ人類は、歴史が別の航路にそれることで抹消される危機まであとこれくらい―どうかここで、親指と人差指を1ミリの距離まで近づけていただきたい―だったことが、それこそ何百万回もあったのである。バージェスを起点にして、テープを100万回リプレイさせたところで、ホモ・サピエンスのような生物が再び進化することはないだろう。これぞまさに、ワンダフル・ライフである」(p.502)


このくだりを読んで、私は手塚治虫の『火の鳥』未来編を思い出した。あのマンガの最後のほうに、「最後の人類」となった主人公が何億年も生き延びて、新たな生命の誕生を見続けるというシーンがある。そこでは、最初の進化のプロセスの中で、たしかナメクジが知能をもち、文明を築き、そして滅ぶという展開だったが、実はあの発想は、グールド進化論に非常にマッチしたものだったのだ(2回目は「順当」にヒトが進化したが、こちらのほうが進化論的にはありえないということになる)。


もちろんここで書かれている見解には批判も多く、特に「偶然」で自然淘汰を片付けるくだりに対しては、いろいろと問題点が指摘されている。しかし、いずれにせよ、5億年前の生物の化石にはじまり、一挙に人類の存在論にまで話をもっていくあたり、サイエンス・テラーとしてのグールドの真骨頂を感じる。分厚さに少々ビビるが、生命と人間のルーツを探りたい方には、読んで損はない一冊だと思う。

火の鳥 2・未来編