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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1170冊目】松井茂記『LAW IN CONTEXT 憲法』

LAW IN CONTEXT 憲法 - 法律問題を読み解く35の事例

LAW IN CONTEXT 憲法 - 法律問題を読み解く35の事例

法律のテキストの中でも、判例とその解説の部分が一番おもしろい。それは、具体的な事例の中で、無味乾燥に見える条文が「活きて」くるからだ。まあ、言ってみれば条文が「乾物」、事例が「水」のようなものだろうか(干しワカメみたいなもんですな)。しかし、たいていのテキストでは、残念ながら判例解説は「添え物」のような扱いを受けている。

その点、本書は、判例のみならず具体的なケースを35個想定し、それぞれに対する解説を付することで一冊を構成してみせた。「LAW IN CONTEXT」とは良く名付けたもので、まさしく具体的な「文脈(コンテクスト)」の中に抽象的な「法」が位置づけられているのだからありがたい。

取り上げられている事例も、実際の判例をベースにしたものもあるが、創作らしきものもある。どれもなかなかおもしろく、「う〜ん、こうきたか」とうならされる。たとえば、最初の「お題」はこんな感じだ。

Aさん(28歳)は、かねてから交際していたBさん(29歳)と結婚することを決意し、証人の署名を得て市役所に婚姻届を提出しに出かけたが、市役所の窓口係の職員は、AさんとBさんがともに女性であることを理由に、婚姻届の受理を拒否した。同性どうしの結婚が認められないのはおかしいと考えるAさんは、これを訴訟で争いたいと考えている。どのような憲法上の主張が可能か考えなさい。

さて、どうだろうか。個人的には、まず「市役所の窓口係の職員」が出てくるのにギョッとしたが、自治体の現場も憲法と無縁ではないことは、本書を読めば実感としてよくわかる(実際、本書の事例には自治体が登場することがけっこう多い)。それはともかくとして、実はこの問題のキモは、「同性同士の婚姻を禁じる規定」が、実は民法のどこにも存在しないということなのだ(意外でしょ?)。

憲法では、24条1項に「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として・・・・・・」とあり、同2項に「個人の尊厳と両性の本質的平等」という文言が使われているが、これが明確に「同性の結婚を禁止している」といえるかどうかは微妙であろう。しかし現実問題として、設問の市役所職員が判断したように、同性同士の婚姻届が受理されるとは思えない。

それを前提に、さて、ではどう考えるか。具体的な展開は本書をごらんいただくしかないのだが、いろいろ考えさせられる事例であることはわかっていただけると思う。他にも本書には、「カラスの餌やりを禁止する条例の是非」とか「公園整備に伴うホームレスのテント撤去」、さらには代理出産やクローン技術などのホットな話題をいろいろと取り上げている。どれも一筋縄ではいかない問題ばかりであり、法的思考トレーニングの題材としてもかなりおもしろい。

ただし、解説はけっしてやさしくない。バリバリの憲法論であり、特に基本的人権に関する条文と、違憲審査基準の基本パターンくらいはすぐに頭に浮かぶようでないと、読み進むのに苦労するかもしれない(本書は、あくまでロースクールの学生を主な読者に想定していると思われる)。また、本書はあくまで特定の問題に対する「憲法を使った議論の仕方」を示しているだけであって、ひとつの「正解」を出すものではない、ということも申し添えておきたい。

むしろ、解説の後には「もっと深く考えてみよう」といういわば応用篇が控えており、取り上げられた問題が、さらに縦横に展開されている。解説を読んで自分なりの結論を得たつもりでいると、そこでもう一度揺さぶられる仕掛けになっているのだ。そうやって、問いに問いを重ねることで、自分で自分に揺さぶりをかけていくことこそが、法的思考のための何よりのトレーニングになるのかもしれない。