自治体職員の読書ノート

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【1165冊目】みすこそ『いつか、菜の花畑で』

いつか、菜の花畑で ?東日本大震災をわすれない?

いつか、菜の花畑で ?東日本大震災をわすれない?

ネットで掲載されて大反響を呼んだマンガの書籍化(元サイトはコチラ)。9つの作品が収められており、どれも震災(ひとつは原発)をめぐるお話が描かれている。その内容は、どれもかなしく、せつなく、胸が痛くなるものばかり。孫を守るようにして亡くなったおばあちゃんの話、津波が迫る中で患者さんの手を離してしまった看護婦さんの話など、あの日に何が起きたのかを、数値やデータではなく、リアルな「手触り」で知ることができる。

主に報道の内容をもとに描いたらしいが、どれもすごく具体的でリアリティがあり、良い意味で「見てきたような」漫画になっている。ストーリーもシンプルだし、絵もかなり素朴なものだが、それがかえってこちらの胸に直球で届く。

考えてみれば、震災を忘れないためには、こうした「物語」こそが大事なのかもしれない。数値やデータは、記録には取っておきやすいが、記憶には残りにくい。むしろこうした物語を通してこそ、本当に「3・11」を伝えていけるのではないかと、本書を読んで痛切に思った。

震災から6か月が経ち、私自身、申し訳なさを感じつつも、少しずつそこから意識が遠ざかっているような気がする。また、テレビや新聞を見ていても、震災関連の記事は確実に減ってきている。もちろん、震災直後の何も考えられなくなるような、言葉を失うほどの衝撃を、そのままずっと持ち続けることはむずかしい。しかし、他のニュースはともかく、あの震災のことだけは、日々の生活の中で無自覚に忘れ去ってしまってはならないのではないかと思う。「非日常」としての3・11ではなく、われわれはこのあたりで、3・11の意味と物語を、自分の「日常」の中に位置付け直さなければならないんじゃなかろうか。

被災者にとってはこれからも助けが必要となるのに、彼らは人々の忘却と戦わなきゃならないんだよね」

本書の「まえがきに代えて」に、こんなセリフが出てくるが、まさにそのとおり。そして、忘却と戦うための武器は、繰り返しになるが、本書に描かれたような「物語」なのだろうと思う。9つのマンガは、どれもつらく、かなしく、しかしどこかにうっすらと光が見える。そして、心が震えた分だけ、心にしっかりと残る。そんな一冊。そうそう、読むときは、ハンカチをお忘れなく。