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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1132冊目】久保田崇『官僚に学ぶ仕事術』

もうずいぶん前のことのような気がするが、民主党が政権を奪取した時に掲げた旗印のひとつが、「脱官僚」「政治主導」だった。

どうも危なっかしいな、と思いながら眺めていたが、やはり相当四苦八苦していたのがうかがえた。そもそも、本気で「中央官僚の支配を脱する」国家づくりをするというのであれば、これは明治維新以来の統治構造を抜本的に変えるということなのだから、「革命」を起こす覚悟と決意をもってあたらなければならなかった。

なにしろ、官僚機構と族議員、関連団体、マスコミのすべてを敵に回すことになるのだから、北一輝ではないが、それこそ憲法停止と戒厳令をもって臨むくらいの「革命家の心意気」が必要だったのだ。それを「改革」程度でお茶を濁してしまったから、こんなていたらくに終わってしまったのだ。

まあ、そこまでやれというのは民主党には酷だろうから、それならせめて、脱「官僚」ではなく、脱「官僚機構」を意識してほしかった。必要なのは官僚自身を叩くのではなく、省益にがんじがらめになって動けない霞が関を解き放つ快刀乱麻の一閃だったのだ。そもそも、これほどの規模の国家を、政治家だけで動かしていくのは現実的ではない。だったら、官僚の「システム」だけを変えて、官僚自身の能力をちゃんと活用してやればよかったのではなかろうか。

そんなことを今さらながら言いたくなるのは、本書に書かれていた「ある日の仕事内容」というくだりで、官僚(ここでは著者)のある一日のタスクリストを見たからだ。そこにはこう書かれていた(本書p.36)

1 部署内の異動者のための歓送迎会のセット(またはセットすることの指示)
2 広報誌に掲載した政策内容のチェック
3 政策内容を掲載した府省のホームページの更新内容の企画
4 数ヵ月後に控えた行事に主賓として招く講演者の人選
5 部署内の出張者に関する決裁書(出張命令)のチェック
6 来年度予算案の新規施策の検討
7 大臣への相談案件の資料作成
8 翌日の行事で頼まれている主催者挨拶(自分が挨拶する案件)のドラフト作成
9 来月の行事で大臣に出席を依頼する案件での挨拶案作成

このくだり、仕事の順序を組み立てる一例として挙げられているので、本当に日々、こういう仕事が中心になっているのかは分からないが、それにしてもこれはひどい。一読、唖然としてしまった。

いや、どんな仕事も、その大半が「細部」の煩雑な作業にあることは重々承知している。われわれだって、ホームページの更新作業や広報誌のチェック、出張時の書類作成はやっている……というか、日々の業務の半分以上はそうした「雑務」と言われるような仕事である。

しかしそれにしても、である。なんという中身の薄い仕事だろうか。どんなに優秀な能力を持っていても、毎日こんな日々を送っていたら誰だってアホになるか、辞めたくなるだろう。しかもこれらに優先する最重要の業務が「国会での答弁案の作成」だというのだから、何をかいわんや。

だいたい、これではいったいいつ「外部」と触れ合う機会をもつのだろうか。一日中役所の中に閉じこもり、外の人と会うことすらしないで、いったいどんな施策が作れるのだろうか……と思っていたら、なんとその時には「本を山ほど読む」のだという。

ちょ、ちょっとまってほしい。まってください。こんなブログをやっている私が言うのもナンだが、世の中で起きている現実のほとんどは「本には書いてない」ということを、官僚の方々はご存知ないのだろうか。本に書かれていることはよくて「現実の干物」、悪ければ、同じように現実を知らない学者サンが理屈だけで書いた「机上の空論」か、海外の文献を引きうつした「コピー&ペースト」にすぎない。いや、それが悪いというわけではなく、本というのはそうしたことを前提として読むべきものだと思うのだ。本には本の役割があって、それはそれでとても重要なものではあるのだが、少なくとも新たな施策を立ち上げる時には、本だけじゃ到底間に合わないはずなんですがねえ。

だいたい、施策というのは「来年度予算案」があるから立ち上げるというもんじゃないはずだ。まず世の中という「現場」からモノゴトは始まってくる。それは犯罪や不祥事のような形で現れてくるかもしれないし、住民の声として来るかもしれない。窓口での苦情や愚痴にも施策の種はいっぱい埋まっている。あるいは、国際的な政治や金融の情勢から立ち上がってくる施策もあるだろう。

そういうものを敏感にキャッチウェーブして、その中から施策化すべき要素を抽出し、行政上のプロセスに置き換えていくのが「施策を検討する」というもののはずだ。そのためにまっさきにやるべきことは、社会という現場の、その渦中に身を置いて、そこにある「過剰」と「不足」を感じること。そんなことは、どんな民間企業だって自治体だってやっていることだ。「お客様の声」が新商品や新施策の開発につながるのは、マクドナルドだってトヨタだって○○市だってジョーシキである。

もちろんその時には、失敗のないよう最大限の予測とリスク管理を行う。それでも、残念ながら失敗に終わることもあるだろう。その時はすぐに手直しするか、それも無理なら撤退すればよい。マネジメントサイクルというのは、要するにその繰り返しのことだ。それだって現場のフィードバックがあって、初めて成功か失敗かわかるんだ。法律作りっぱなし、実務は市町村に投げっぱなしという霞が関のやり方の最大の問題点は、PDCAのC→Aのルートが詰まりやすいことである。現場への権限移譲が大事な理由のひとつは、フィードバックにかかるタイムラグと伝達ミスを最小限に抑えるためだ。これもまた、マネジメントの基本であったと記憶している。ドラッカーをお読みなさい。

だから、本書で「国の仕事では、お客さんである一般国民の方と直接お話しする機会はそうそうありません。仕事のフィードバックが受けられないので、自分の仕事がどのように役に立っているかわからないのです」(p.170)とあるが、それが最大の問題なのだ。ただ、この方はこの方なりのいろんな「現場」を持たれており、そこに飛び込んでいっておられるようなので、そのあたりは心強いものがある。個人のレベルではかなり分かっておられる方のようなので、ぜひ今後も、青島刑事じゃないが「事件は現場で起きている」ことを忘れないでほしいと切に願う。

……と書いた後で気になって調べてみたら、なんとこの方、8月1日から陸前高田市の副市長として赴任されているのだそうだ。びっくり。しかしこの経験、間違いなくかけがえのないものになるはずだ。現場を踏まれた後の成長がを楽しみにしたい。まあ多分、一度現場を踏んで、いろんなことを「知って」しまったら、霞が関に戻ってこないのではないかとは思うが。またそれも良し、だろう。この方の実務能力とアクティビティを活かすには、たぶんそのほうがよさそうな気がする。ぜひ現場で泥まみれになって、そこから何かをつかみ取ってきてくださいね。

北一輝思想集成―国体論及び純正社会主義 日本改造法案大綱 対外論策篇ほか マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則