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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1129・1130冊目】リチャード・P・ファインマン『光と物質のふしぎな理論』/レナード・ムロディナウ『ファインマンさん最後の授業』

光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学 (岩波現代文庫)

光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学 (岩波現代文庫)

ファインマンさん 最後の授業

ファインマンさん 最後の授業

ファインマンといえば名著『ご冗談でしょう、ファインマンさん』が思い浮かぶが、今回はホーキングを読んだ時に消化不良を起こしたファインマン量子論への「回答」を求めるつもりで本を選んだ。それが一冊目の『光と物質のふしぎな理論』だ。

友達の奥さん(もちろん物理学はまったくのど素人)に「量子電磁力学」を説明する、というインポシブル・ミッションに挑戦するという内容のこの本だが、分かるとか分からないということよりも(まあ、どちらかというと「分からない」のほうに近かったが)、光や電子のふるまいを面白そうに語るファインマンの語り口が楽しい一冊だった。

それは、もちろんファインマン自身が光や電子のことを面白く思っているということもあるのだろうが、それよりも「読者をびっくりさせる」ことへのファインマンの情熱のほうが強いような気がする。我々の目に見える現象が、実は我々の常識をはるかに超えた作用や原理の結果であること、つまり世界という「舞台」の裏側を見せて驚かせてやろうという魂胆がひしひしと伝わってくる。

例えば「私たちが毎日眼にする多くの現象も、一皮むけばすべてがたった三つの基本作用から成っているのです。一つは簡単な結合定数jによって表わされ、あとの二つはP(AからBへ)とE(AからBへ)という互いに近い関係にある二つの関数によって表わされます。これだけからあとの物理法則すべてが出てくるのです」(p.168〜169)のようなくだりなど、いかにも得意満面で語りかけるファインマンさんの顔が思い浮かばないだろうか?(ちなみにここで書かれているjとかPとかの説明は、その前でしっかり行われているのでご心配なく)

さて、もう一冊の『ファインマンさん最後の授業』は、別に最終講義とかではなく、著者のレナード・ムロディナウが晩年のファインマンと触れ合った日々を回想する一冊。ファインマンの語り口があまりに面白いので、その人物像がどんなだったか知りたくなって続けて読んだ。

ちなみにムロディナウは、新人研究者として赴任したばかりのカリフォルニア工科大学(カルテク)でファインマンと出会うのだが、その後はなんとハリウッド脚本家に転身して「新スター・トレック」シリーズなどに携わったという異色の経歴の持ち主。その後、持ち前の科学の知識を活かしてホーキングとタッグを組んだり(以前ここで紹介したホーキングの本など)、『たまたま』という確率論の本を出したりと、なかなか多彩な活動をしている人物だ。

そんなムロディナウも、ここでは新米の自信をなくした研究員にすぎない。それがファインマンとマレーという横綱級の物理学者に出会ったのだから大変である。ちなみにこのファインマンとマレーが研究者としてはかなり対照的な人物で(ファインマン自身の分類では、ファインマンは想像力や直観をフル活用する「バビロニア人系」であり、一方マレーは数学や論理を重視する「ギリシャ人系」らしい)、マレーが業績や立身出世にもそれなりに長けた「大人の」科学者であるのに対し、ファインマンときたらまるで物理少年がそのまま大きくなったような具合なのだ。

なるほど、やはりファインマンは、少々扱いが難しい部分も含めて、「永遠の物理少年」だったのだ。私もできることなら、未知の世界に目をきらきらさせたまま年をとりたいものだ。もう手遅れかもしれないが……。

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉 (岩波現代文庫)たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する