自治体職員の読書ノート

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【1128冊目】ジョック・ヤング『排除型社会』

排除型社会―後期近代における犯罪・雇用・差異

排除型社会―後期近代における犯罪・雇用・差異

  • 作者: ジョックヤング,Jock Young,青木秀男,伊藤泰郎,岸政彦,村澤真保呂
  • 出版社/メーカー: 洛北出版
  • 発売日: 2007/03
  • メディア: 単行本
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クロード・レヴィ=ストロースは、社会に対して危険性をもつ人々を「呑み込む」「同化する」社会として未開社会をとらえる一方、現代社会を、そうした人々を「吐き出す」社会と考えた。そして、未開の人々にとって、異質で危険な人々を追放したり施設に閉じ込めたりするわれわれの社会は野蛮なものに見えるだろう、と指摘した。

本書の著者ジョック・ヤングは、犯罪学と社会学を専門とする。著者は(レヴィ=ストロースの見方とは少し違い)近代を「包摂型社会」とする一方、後期近代を「排除型社会」として位置づけた。

包摂型社会においては、逸脱した人々をふたたび社会に戻すことに全力が挙げられる。「犯罪者は社会復帰させられ、精神障害者と薬物依存者には治療が施され、移民は同化させられる。十代の若者は『矯正』され、崩壊した家族はもういちど正常に戻るようにカウンセリングを受けさせられる。それでも頑固に厄介な問題を起こそうとする集団は、福祉国家とその役人にとってじつに仕事のしがいのある、歓迎すべき挑戦相手でさえあった」(p.154)

ところがそうした風潮が、次第に変わってきた。「包摂型社会」は、誰も社会からはじき出したりしないかわりに、社会の成員に強力な同調圧力をかけた。未来はバラ色で、進歩は良いことで、古き良き共同体はまだ残っており、「正しいことは正しい」が通用する社会だった。日本でいえば、おそらく1950年代(いわゆる「昭和30年代」)あたりがそういう時代だったのではなかろうか。

そんな時代風潮に反発する動きが、アメリカだと50年代から60年代にかけて起こって来た。文化の多元主義フェミニズムの台頭、個人主義、自由の謳歌。権威との闘い。反戦運動とヒッピーとロックンロール。そんな疾風怒濤のなかで、「古き良き共同体」は、アメリカでも日本でも完膚なきまでに解体され、後に残ったのはバラバラの個人主義だった。共同体という「よるべ」を失った人々は存在論的な不安を抱え、文化や民族をとおした「ルーツ」や「アイデンティティ」に寄り集まった。自らの優越性を確認するためには、他人を相対的に貶めることが必要だった。

「文化的本質主義は、人々にたいして自分たちが生まれつき優越性をもっていると信じさせるだけでなく、他方で同時に、他の人々を、本質的に邪悪で、愚かで、犯罪的な人々として、つまり悪魔として描きださせる」(p.281)

さらに、人々の間の階級的な差異が縮小するなかで、かえって「相対的剥奪」が高まった。カーストのような絶対的剥奪より、「同じような人々」の中で主観的に生じる相対的剥奪感のほうが、実は根が深い。特に問題なのは、労働環境における相対的剥奪感だ。同じような年齢、同じような仕事、同じような能力の間に起こる理不尽な亀裂。正規雇用非正規雇用の問題、「ワーキングプア」の問題は、日本だけのことではない。

こうした「個人主義の台頭」と「労働環境の変化」が相まって複雑に作用し、「包摂型社会」が「排除型社会」に変わったというのが著者の見方である。それがもっともハッキリ目に見えるのが、アメリカにおける収監者の増加である。犯罪者という「逸脱者」は、社会復帰を進めるより、オリの中に閉じ込めて排除してしまえばよい、というわけだ。同じ傾向は、貧困世帯、人種的マイノリティ、同性愛者などに対する態度にも見られる、と著者は言う。

では、こうした「排除型社会」を脱却するにはどうすればよいか。ここで最近よく見られるのが、「古き良き時代」への回帰である。日本でいえば「昭和30年代へのノスタルジー」がそれにあたるのかもしれない。だが、先ほど書いたように、かつての包摂型社会にもいろいろな問題が含まれていたことを忘れてはならない。特に保守層にこうした安易な「昔はよかった」志向が見られるような気がするが(東京オリンピック招致活動など、それがグロテスクな形で現実化したものではないかと思う)、著者はそれよりも、新たな包摂型社会を作り出すことに力を注ぐべきだと主張する。

「近代の目標は、絶対的剥奪をなくすことであり、社会的合意にもとづいてさまざまな機会を創出することにあった。後期近代の目標はそれとは異なり、相対的剥奪をなくすことであり、能力主義的で多様性を受容する社会への移行をつうじて自己実現アイデンティティを充足させることでなければならない」(p.499)

とはいえ、本書で示されている解決策は、実現性がないとは言わないが、かなり理念的・抽象的。実際に具体的な解決策が示されているわけではない。むしろ本書の眼目は、排除型社会として現代社会を捉えた社会分析の部分であろう。本書が主に取り上げているのはアメリカの事例だが、その内容は日本の社会分析としても十分に応用できる。かなり分厚いので読むのに恐れをなすかもしれないが、ワーキングプアや貧困問題、あるいは犯罪と社会の関係について興味がある方なら、いろいろ得るものがあるのではないかと思う。