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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1113冊目】ガストン・ルルー『オペラ座の怪人』

オペラ座の怪人 (角川文庫)

オペラ座の怪人 (角川文庫)

オペラ座の怪人』と言えばアンドリュー・ロイド・ウェバー版のミュージカルや映画の印象(特にあのオルガンサウンド)があまりにも強烈だ。華々しいオペラ座の舞台とその地下に広がる暗闇、「白」のクリスティーヌと「黒」のエリック、華麗なるパリの社交界とエリックの背負った「負」……すべてがあざやかなコントラストを描き出すこの作品は、確かに舞台向き、ミュージカル向きの作品だ。ちなみにロイド・ウェバー版以外にもいろんなバージョンがあるらしい。

また、ウィキペディアによると過去8回も映画化され(翻案を含めればそれ以上)、舞台はもはやミュージカルの定番のひとつ。日本でも劇団四季がロイド・ウェバー版を何度もやっている(ちなみに、いま宝塚が上演している「ファントム」は、本書の別バージョンの翻案)。それだけこの素材には魅力があるということだろう。実際、オリジナルの小説を読んだのは今回が初めてだったのだが、最初から最後まで強烈に引き付けられて読み切った。

醜い「怪人」がオペラ座の地下に棲んでいる、という設定が、まずどんぴしゃりだ。オペラ座に限ったことではないが、およそ劇場というものは、なぜか決まって薄暗く入り組んだ廊下や階段、舞台道具やセットが所狭しと置かれた裏手といった、ある種の「影」の領域をもっている。殊にそれがパリのオペラ座という最高の絢爛を誇る舞台であれば、表向きの輝きが強い分、裏側の闇の深さもまた格別であろう。勝手な解釈をすれば、「怪人」はその闇の深さを具現化した存在であり、それが表の「光」の面にまで侵食してくるところに、この作品の不気味さがあるような気がする。

さらにそこにクリスティーヌというヒロインがあらわれ、彼女に恋するラウル子爵が登場することで、舞台上の「光」の極点ともいえるクリスティーヌをめぐる「表の世界」のラウルと「裏の世界」の怪人の争いが迫力を帯びてくる。しかも著者は怪人を単なるダークサイドの存在に終わらせず、そこに醜く生まれ、親に遺棄された人間の哀しみをオーバーラップさせることで、物語にただのホラーを超えた陰影をつけている。う〜ん、巧い。

そしてまた、にもかかわらず、この小説は決して安易なお涙頂戴になっていない。著者はそのぎりぎりのところで踏みとどまり、あくまでホラー・怪奇小説の領分にとどまったまま、絶望的な終和音を闇の彼方に放り投げて終わるのだ。クリスティーヌを求めてやまなかった怪人の最後の決断など、こってりと書こうと思えばいくらでも書けるだろうに、あえてさらりと暗示的に書いていて小憎らしい限りだ。しかし、その巧みな抑制が、この小説に極限のエレガンスとロマンを与え、本書を無類の怪奇小説であり、無双の恋愛小説にしているのだと思う。