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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1101冊目】神野直彦・宮本太郎編著『自壊社会からの脱却』

自壊社会からの脱却――もう一つの日本への構想

自壊社会からの脱却――もう一つの日本への構想

「自壊社会」とはキツイ言葉だが、実際にいまの日本を見ると、震災を度外視したとしても、やはりこれ以外の言葉では表現できないほど、いろんなところがぐずぐずと崩れてきているように思われる。環境破壊。経済の停滞。格差拡大と貧困。時代遅れの雇用システム。年金制度の溶解。そして国家財政の悪化……。他にも挙げていけばキリがないほど、とにかく国家とか社会といったものの至る部分が崩れ落ち、腐り、はがれ、錆びてきている。そのさまは、まさに「自壊」。誰にどうされたわけでもなく、静かに内側から壊れてきているのだから。

本書はそんな「自壊社会」と化した日本のための処方箋だ。それはまた、似たような状況を抱える多くの先進国、あるいは先進国予備軍の国のための処方箋でもある。第1章の著者、水野和夫氏は、「先進国の最優先課題は脱近代社会を構築することであって、そうしないと先進国が途上国になりかねない」と言う。近代社会のパラダイムを抜け出す大規模なシステム転換のための、発想の転換が必要なのである。

環境、社会保障、雇用、教育と、それぞれの分野ごとに掲げられている提言は、それぞれに説得力があって興味深いものが多い。環境と経済の関連を論じた第2章では「環境問題への取り組みは個別的環境対策としてではなく、持続可能な発展を実現する過程として取り組まれることで実効性をもつということである」という指摘がなされている。もっともな内容だとは思うが、ただ環境経済戦略の実現可能性については、私はラトゥーシュの本を読んで以降、やや悲観的な見解をもっている。

第3章では、「就業」を中心として、そこと「教育・訓練システム」「失業」「家族」「障がいや老齢引退」を結ぶ4本の「」をイメージし、これらの橋が壊れている、という表現で今の日本を見立てている。確かに人生はなだらかな一本道ではなく、その要所要所に「断絶」があり、そこに「橋」が渡されているものなのだ。行政の役割とは、その「橋」を作り、維持し、補修することとも表現できる、ということなのだろう。なかなか分かりやすく、するどいところを突いている。

第4章は雇用問題。「ジョブ型正社員」という発想は的確だと思うが、はたしてそれを今の企業が受け入れるかどうか。第5章は障害と雇用について論じるものだが、ユニバーサル・デザインという発想を雇用問題に持ち込んでいるところがユニークで印象的だった。確かに、障害者が就業しやすい雇用制度は、誰もが就業しやすい雇用制度でもあるだろう。

第6章は職業教育偏重に疑問を提示する教育論。そしてトリを飾る第7章は、日本の財政システムに正面から斬り込み、分析する。スウェーデン型とかアメリカ型といった分析も重要だろうが、問題はどうやら日本の財政システムに、社会とはこうあるべき、といった哲学が欠けていることであるように思われる。ツギハギと妥協の連続で出来上がった今の制度に、日本はこうあるべきだという政治の理念を読み取ることは難しい。

その理念を最後に提示するのが、本書の編者のひとりである神野氏である。神野氏はまさに「理想なき危機の時代」として現代を描き、それに対抗するための理念として「生きるということを共にする社会」を挙げる。それはまた、産業革命以来のパラダイムである近代「工業社会」から、脱近代の「知識社会」への転換、ということでもある。そして、ここにおいて、第1章で課題として挙げられた「脱近代社会の構築」に、その内容が吹き込まれたことになるのだ。この「おわりに」と題した短い文章に、私は神野直彦という経済学者の総決算を見たような気がした。

さて、処方箋は揃った。問題はこれを誰が政策課題にのせ、実践に移すかなのだが……ひょっとしたら、こちらのほうが処方箋を示すよりはるかに難しい。思えば、いつだって良い発想やアイディアは世にあふれているのだ。問題はそれをすくいあげ政策化する、国やわれわれ自治体の側なのだから……。