自治体職員の読書ノート

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【1088冊目】ゲッツ・W・ヴェルナー『ベーシック・インカム』

ベーシック・インカム―基本所得のある社会へ

ベーシック・インカム―基本所得のある社会へ

これは単なる思考実験か、はたまた世界を変える革命的発想なのか。

国民すべてに対して、無条件の基本所得を保障する「ベーシック・インカム」。その発想自体は、シンプルで一見とてもわかりやすい。しかし、その可否や内容を突き詰めていくと、これが案外奥が深いのだ。

もっともわかりやすい批判は、2通り。財源をどうするのか、という「現実的」疑問。人は労働によって糧を得て暮らすべきだ、という「理念的」主張。本書はそのどちらに対しても、明確に回答してみせる。

財源は消費税とする(もっとも、ベーシック・インカム論の中には所得税などを財源として掲げるものもある。本書の著者ヴェルナー氏は、あくまで多様なベーシック・インカム論者の一人にすぎない)。しかも所得税相続税などは全廃し、消費税に課税を統一するのだという。税率はおおむね50%程度。しかし、元々の価格に転嫁されていた所得税分のコストがなくなるので、その分は価格において相殺されるという。

そして「働かざる者食うべからず」という古典的なテーゼには、著者ははっきりと反論する。むしろ労働と所得を切り離し、「食っていくための労働」から「他人のための労働」にシフトする必要がある、というのが、著者の主張。その背景には、産業革命以来の生産性向上による、構造的な問題がある。

機械化が進み、一人あたりの生産性が飛躍的に向上した現在、人々の需要を満たす財を生産するために必要な労働力は、現在の労働者人口を大幅に下回るものとなっている。そのため、労働力は構造的に「ダブつく」ようになっており、失業者は必然的に生み出されるものとなっている。

分かりやすく言えば、手工業なら100人がかりでやっていた仕事が、機械なら機械の製作やメンテナンス、実際の運転や管理などを含めて、例えば20人いればできるようになるとする。となると、構造的に必ず80人は余る。もちろん、それを別の労働で吸収すればよいと言えば言えるのかもしれないが、あらゆる分野で機械化が進んでいる現在、すべてを「吸収」できる保証はない。

この「失業者の発生」を問題だと考えること自体が問題であり、失業者が発生することほど素晴らしいことはない、と著者は主張する。それはつまり、「働かなくても食べていける」層の出現であり、生産性向上の結果としてのユートピアなのである、と。問題は失業者の発生そのものではなく、そうした構造に身を委ねている現在の社会構造なのであって、だからこそわれわれは労働と所得を切り離し、無条件のベーシック・インカムを導入すべきなのだ、というのである。

こうなってくると、ベーシック・インカムという制度は見かけほど分かりやすいものではなく、むしろその導入にあたってはかなり入念な議論と社会的な合意が必要であることがわかってくる。それは、われわれの社会で多かれ少なかれ共有されている「労働」という概念を大きく変えるものであり、労働と所得が結び付いた現在の社会構造そのものを劇的に変革することにつながってくるからだ。

本書はベーシック・インカムを推進する立場で書かれたものであるが、私は読んでいて、むしろこの制度を導入する際のハードルの高さと数の多さに愕然とした。産業革命社会主義革命に匹敵する巨大な社会実験が必要だ。労働と「食っていくこと」が切り離されて、なおかつどれほどの人が、どのような労働に携わることになるのかも不透明だし、それで社会がうまく回っていくのかどうかもわからない。

しかし、それでもなおこの制度は魅力的だ。シンプルさと実効性がハイレベルで噛みあえば、これはたぶん「最強の社会保障制度」となりうる。問題は、そのような「革命的実験」という火中の栗に、誰があえて最初に手を伸ばすか、ということなのだが……。ここから先は未知の世界。そこに広がっているのは、はたしてユートピアか、はたまた社会主義国家のような、「失敗した社会実験」の結果としての荒涼とした風景なのか。選ぶのは、われわれ自身。さて、どうする?