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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1068冊目】『西遊記』

西遊記〈1〉 (岩波文庫)

西遊記〈1〉 (岩波文庫)

西遊記〈2〉 (岩波文庫)西遊記〈3〉 (岩波文庫)西遊記〈4〉 (岩波文庫)西遊記〈5〉 (岩波文庫)西遊記〈6〉 (岩波文庫)西遊記〈7〉 (岩波文庫)西遊記〈8〉 (岩波文庫)西遊記〈9〉 (岩波文庫)西遊記〈10〉 (岩波文庫)

いや〜、面白かった。岩波文庫で全10巻、総ページ数4000以上というボリュームなので、最初はどうなることかと思ったが、読み始めたらやめられない止まらない。ほとんど一気読みに近いスピードで読み終えてしまった。

誰もがどんな話かは知っている……と思っているだろうが、いやいや、読むとぶっとぶ。予想を上回る破天荒、奇想天外、荒唐無稽の雨あられ。おなじみの金角銀角や牛魔王も登場するが、それはほんの氷山の一角。まったく、小学生の頃に読んだ子供向けのダイジェスト版など、まさに子供だましであったことを思い知らされる。

だいたい、孫悟空の存在がとんでもない。もともとが天界の暴れん坊、神々も手をつけられず、結局お釈迦様の力で五行山の下に封印されたほどのヤツである。三蔵法師のお伴をしてからも、腕力無双、知略縦横はもちろんのこと、土地神や山の神、四海の龍から閻魔大王までもアゴで使い、妖怪に太刀打ちできないと見るや、玉帝や太上老君老子)をはじめとした道教の主神たち、さらには観音様やお釈迦様といった最高級の仏様までも担ぎ出してしまうのだ。普通の物語ならオキテ破りもいいところ、しかしそれを呑み込んで物語を成立させてしまうこの懐の深さが、タダゴトではない。

懐が深いと言えば、この物語、表向きの冒険活劇の裏に、いろいろな仕掛けがほどこされているらしい。そもそも三蔵法師が直面する試練は81と決められており(しかも天竺に着いた時点では80なのだが、「数がひとつ足りない」という理由で、無理やりひとつ追加されてしまう)。この81という数は9の自乗であり、しかもそれが全行程の中で、同じような試練がシンメトリーに配置されているのだという。

さらに「9」という数は、頭が9つある「九頭虫」「九頭獅子」という妖怪にもみられ、しかも九頭虫が退治されるのは全100回の物語中第63回、九頭獅子は第90回であって、いずれも9の倍数。また、細かくは書かないが、さらに「7」と「8」も意味のある数字として物語の中に織り込まれているのだそうだ。

また、物語には道教的要素と仏教的要素が複雑に絡み合っており、道教VS仏教、という裏読みもできそうだ。このへんは、訳者の中野美代子による西遊記のコード・ブレイク本がいくつかあるようなので、そのうちあたってみたい。

しかしそんな「暗号」はさておいても、とにかくこの本は物語としてとてつもなく面白い。今から500年前、明代の中国でこんなとてつもないスケールの物語が生まれ出たとは信じられない。中にはどこかで読んだような話もいくつか見られるが、どう考えても作られた時期が早いのはコチラ。大げさに言えば、その後に中国や日本で生まれたあらゆる冒険活劇から、果ては現代のマンガやゲームに至るまで、『西遊記』の恩恵を被っていないものは無いと断じて良いように思われる。まあ、子供向けとバカにしないで、ぜひ一度読むとよい。中国人の想像力の豊かさに圧倒されること請け合いである。

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