自治体職員の読書ノート

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【1047冊目】林春男・重川希志依・田中聡『防災の決め手「災害エスノグラフィー」』

防災の決め手「災害エスノグラフィー」―阪神・淡路大震災秘められた証言

防災の決め手「災害エスノグラフィー」―阪神・淡路大震災秘められた証言

この本はすごい。防災関連の本100冊が束になってかかっても、この1冊にはかなわない。

本書に収められているのは、阪神・淡路大震災で消防や遺体処理、避難所の運営などを経験した人々の「肉声」である。あの日、突然未曾有の現場に放り込まれ、十分な情報もなく組織も命令系統も崩壊状態のまま、「彼ら」はいったいどのようにそれぞれの現場でふるまったのか。本書はそうした経験を、エスノグラフィーという独特の調査方法によって明らかにしていく。

エスノグラフィーとは「民族誌」と訳される民族学文化人類学メソッドである(そういえば以前『自治体エスノグラフィー』という本を読んだことがあった。あれにもそういえば災害対応のエスノグラフィーがあったように思う)。エスノグラフィーの根幹にあるのは、人々の生活や社会、文化などをありのままに記録すること。そこで示される無数の発見をつなぎあわせることで見えてくるものは、とてつもない「現場の知恵」の集積だ。マスコミの報道や多くの学者の研究の中でそぎ落とされてしまうディテールが、ここにはナマのまま息づいている。

例えば、消防士。火災現場に急行する途中、がれきの下敷きになった家族を助けてくれと呼びとめられる。消火に向かうべきか、それとも目の前の人命救助を優先するか。例えば、遺体処理にあたる福祉事務所職員。無数の遺体が運び込まれ、火葬が追い付かず腐敗が進み、遺族からは「野焼き」をしてよいかどうか尋ねられる。例えば、避難所の運営を任された市職員。たった1人で1800人の殺気立った避難者に囲まれ、限られた食糧は取り合いになり、高齢者や子どもの手に届かない。避難所の秩序を保つにはどうすればよいか。

まるでサンデルの「ハーバード白熱教室」を地でいくようなこうした現実に、地震列島の上で働いているわれわれ自治体職員は、いつ叩きこまれるか分からない。前例も上司もなく、住民から罵倒され、待ったなしの現場で悩み苦しむなかで見出したには、経験した者しか知りえない重みがある。そのうちのいくつかは、実際に新潟中越、さらには今回の東日本大震災への教訓として活かされている。

中には災害時のみならず、通常業務時に役立つと思われるヒントもある。例えば、避難所の運営を任された職員の場合、避難者をグループ化してリーダーを選んでもらい、リーダーを通じて課題の共有やルールづくりを行うことで、避難所の秩序を保つことができたという。行政が決めると反発が出ることも、自分たちの一員が話し合って決めたことなら従う、ということもある。住民自治の原型を見る思いである。

本書のベースになっているのは、震災後に専門家の手で行われた聞き取り調査。30年間非公開の約束でのインタビューを、震災後14年を経て、NHKが本人の同意を得た部分に限り映像化した。こうした試みが他の災害でも行われているのかどうか知らないが、今回の東日本大震災も、史上例のない大災害だからこそ、その渦中に置かれている人々の肉声を記録し、そこから教訓を導き出す「エスノグラフィー」の試みが行われることを願ってやまない。「次の災害」がまた日本のどこかで起きることは、間違いないのだから。