自治体職員の読書ノート

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【1043冊目】吉川肇子『リスクとつきあう』

リスクとつきあう―危険な時代のコミュニケーション (有斐閣選書)

リスクとつきあう―危険な時代のコミュニケーション (有斐閣選書)

このご時世だからこそ、特に原発がらみのいろんな情報に対応するために読んでおきたい一冊。

本書のメインテーマは、リスクコミュニケーション。リスクコミュニケーションとは、要するに「リスクの伝え方/伝わり方」に関する学問のことだ。具体的には、さまざまなリスクに対して、情報の受け手である大半の人々が適切に行動するためにはどのようにすればよいかを、「送り手」と「受け手」それぞれについて論じる内容となっている。

とはいえ、今回の原発事故を見ても分かるように、リスクの伝え方について、決定的な処方箋があるわけではない。むしろ気をつけるべきことは、「やってはならないこと」をなるべく意識して回避するという点。中でも「送り手」側がやってはならないことの最右翼が「情報の遅れ」と「情報隠し」だ(もちろん、データのねつ造などは論外として)。

よくあるのが、不安やパニックをあおることを恐れるがあまり、正確な情報を出さなかったり、隠蔽が行われるというケース。しかし、これは逆効果であると著者は指摘する。いかなる事情があっても、まずは出せる範囲の情報をきちんと出すことがリスクコミュニケーションの基本である。それも、生のデータをボンと出すだけでは受け手には伝わらない。特に放射能などの専門的知識を要するものであればあるほど、その内容を正確かつ分かりやすく人々に伝えるコミュニケーション能力が必要である。例えば放射能なら、「放射能についてのプロ」と「放射能についてのリスクをわかりやすく的確に伝えるプロ」は違うのだ。特にいわゆる理系の専門家の方々の多くは、記者会見での応答を見る限り、リスクの対象物に関する専門家ではあっても、リスクコミュニケーションの専門家とはいいがたいように感じる。

リスクコミュニケーションに際し、大事なことはいくつもあるが、とりわけ必要なのは、常に受け手のニーズを把握し、それに応えるような情報の出し方をすること。ここにミスマッチがあると、受け手は必要な情報が得られないことに不満を抱き、それは情報の送り手に対する「不信」につながる。

一方、受け手の側にも問題がないわけではない。受け手も人間である以上、一定の認知的なバイアスがかかることがある。矛盾する複数の認知要素がある場合に都合良く認知をゆがめる「認知的不協和理論」、表現の仕方によって受け取り方が変わる「フレーミング効果」などが面白い。また、自然災害のリスクは実際より低く見積もる一方、科学技術に関するリスクは実際より高く見積もられる傾向があるとの指摘もある。思い当たるフシはないだろうか。

今回の福島第一原発に対する政府や東電のリスクコミュニケーションを、これ以上どうこう言うつもりはない。われわれに必要なのは、むしろ情報の受け手としての対応をキチンとすることだろう。それはすなわち、自分自身の認知的な特性やバイアスをできるかぎり自覚し、限られた情報の中で的確に判断し行動するための「リスクリテラシー」を高めること。とはいえ、それがなかなか難しいのはご承知のとおり。

いろんなところで紹介されてすっかり有名になってしまったが、寺田寅彦に、次のような名言がある。ある意味、本書の教訓は、このワンフレーズに尽きていると言えるかもしれない。

「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」(「小爆発二件」より)