自治体職員の読書ノート

読むために書くのか、書くために読むのか。

【1041・1042冊目】佐藤優『テロリズムの罠 右巻 忍び寄るファシズムの魅力』『テロリズムの罠 左巻 新自由主義社会の行方』

テロリズムの罠 左巻  新自由主義社会の行方 (角川oneテーマ21)

テロリズムの罠 左巻 新自由主義社会の行方 (角川oneテーマ21)

同時刊行された一組の新書。「右」「左」の区分けにあまり意味はない。世界情勢や日本の現状、現在の社会状況の分析が、それぞれにいろいろと詰まっている。私は右巻→左巻の順に読んだが、現状分析→未来予測という流れからは、逆の順番のほうが良かったかもしれない。

この人の行う分析が凄いのは、一見複雑で捉えどころのないさまざまな現象を、既存の思想などを補助線とすることで、あっという間に解きほぐし、その要点と本質を掴みだしてくるところだと思う。本書でも、宇野弘蔵の経済学、ハーバーマスの社会思想、権藤成卿農本主義などを、単に教条的に解釈するのではなく、現下の社会問題に対する活きた処方箋として提示し、そこから思いもかけない分析を導き出していく。学問の効用、活きた思想のあり方を、著者ほど分かりやすく示してくれる人は少ない。

そこで展開されている分析と予測は、新自由主義社会が共同体などの中間団体を解体したことで個人がアトム化し、徹底的に収奪される現状は、国家の暴力性をかえって高めることになり、結果として新たなファシズムにつながりかねないという危惧に至る。その点を見事に示した本書2冊を通しての白眉が、「右巻」第5章から第7章にかけて展開される「恐慌と不安とファシズム」という論考だ。資本主義の行き着く先としてのファシズムの可能性があなどれないものであることが、本書を読むと良く分かる。

さらに、テロとクーデターを無意識に期待する風潮も、指摘のとおりだろう。今この本を読んで気になるのは、今回の大震災が閉塞した日本社会にある種の風穴を空けることになってしまったのではないか、という点だ。期せずして日本国民が一致団結するための結集軸を、この震災は作り出した。そのこと自体を批判するわけではないし、むしろ現時点ではそうしなければならないとも思うのだが、一方で、一つ間違えばこの状況はファシズムやクーデターへの「導火線」になりかねないという危機感は、日本人の誰もが頭の片隅にもっていなければならない。この震災、特にその後のいまだ終息する気配のない原発事故は、日本人の間で「不安」を急激に増大させた。そのことが何をもたらすか。本書は次のように指摘する。

「人間も資本主義社会も、普段は意識しないが、不安の上に存立している。危機的状況に直面すると不安の姿が見えてくる。不安に耐えることができない人は、テロルによって不安を一気に解消しようとするが、それは不可能だ。テロルが自らに向けられれば自殺になる。テロル、自殺は、不安に対する偽りの処方箋だ。
不安に対するもう一つの偽りの処方箋がある。国家を強化する運動に自らを埋没させることで、不安を解消しようとするファシズムの道だ。人間の解放は、暴力装置である国家に依存することによってではなく、人間によってかちとられる必要がある。国家ではなく、人間と人間が相互に依存する社会(共同体)の力によって、不安は解消されるのだ。」(本書右巻 177頁)

したがって、「危機的状況」のもとで不安が顕在化している現在の状況では、国家と個人の間におかれるべき共同体の再構築に、可能な限り取り組まなければならないということになる。新自由主義のもとでアトム化した人間が、不安に耐えきれずテロやクーデターに希望を見出し、あるいは知らず知らずのうちにファシズムへの道を歩き始める前に。そこで問われているのは、個人個人のいとなみであると同時に、まさしく自治体の役割であろう。自治体が国家の先兵となるのか、あるいは共同体の再構築に関わることができるのか。今ほど、そのことが問われている時はないのかもしれない。