自治体職員の読書ノート

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【1021冊目】松本清張『鬼畜』

鬼畜―松本清張短編全集〈07〉 (光文社文庫)

鬼畜―松本清張短編全集〈07〉 (光文社文庫)

浮読。「松本清張短編全集」の第7巻で、表題作のほかに「なぜ『星図』が開いていたか』『反射』『破談変異』『点』『甲府在番』『怖妻の棺』が収められている。

いずれも秀作だが、やはり「鬼畜」の凄みが頭ひとつぶん抜けている。妻に頭のあがらない宗吉が、外に囲っていた女の子供3人をみずから手に掛けようとするという、まあ今でいう児童虐待モノのはしりと言えなくもないが、この小説が怖いのは、罪もない子供を殺そうとするのが妻ではなく、妻にコントロールされた気弱な夫であるというところ。愛人を囲っていた負い目から妻に反抗できないとはいえ、それがわが子を殺すという常軌を逸した行動に出るところまで、徹底して心を支配されてしまう。「宗吉の精神はすりへっている」という一言が、たまらなく恐ろしい。

そんなことがあるものか、と軽々しく言えないのは、実際に心をコントロールされ、傍から見たら異常としか思えない行動に手を染める人間を、われわれはたくさん知ってしまっているからである。オウム真理教の事件、北九州の監禁殺人事件、そして児童虐待の中にも、再婚相手や恋人に心を支配されてわが子を虐げたとしか思えない事例がいかに多いことか。そこにあるのは、「弱いゆえに悪」という、人間の哀しい本質。事件という結果を外側から見るのではなく、その心の襞を内側から読み解くために、「鬼畜」を読むことを勧めたい。後味はあまりよくないが。

本書には他にも、時代小説、謎解き型のミステリ、倒叙ミステリなどいろんなタイプの小説が集められている。共通して面白いなと思ったのは、まるで終わりをはしょったかのような独特の終わり方。「反射」や「鬼畜」では警察の捜査を暗示したままぷつんと終わるし、「甲府在番」など、突然小説の世界から作家が引き揚げてしまうような終わり方だ。しかし、そうやって最後まで書き切らないことが、かえって読み手に深い余韻を残し、その小説をわすれがたくしているようにも思える。う〜ん、これはうまい。名人芸ですな。