自治体職員の読書ノート

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【1007冊目】ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』

存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)

存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)

超有名な作品。だが、そう思って読み始めたのが、良くなかった。

意味を探しながら読もうとする。理解しようとし、解釈しようとする。そういうスタンスだから、かえって小説の奥深くに入っていけない。そしてまた、本書がそういうことを「したくなる」ように、大胆巧妙な仕掛けで作られている。なにしろ、冒頭からいきなりニーチェ永劫回帰について作者自身が語りだし、「だが重さは本当に恐ろしいことで、軽さは素晴らしいことであろうか?」などと、なんと小説のテーマそのものが生身のままどんと提示されてしまうのだ。だからこちらは、トマーシュとテレザの物語が始まっても、「重さと軽さ」とか「一回限りの人生」とか、ずっしりとした主題を重石のように飲み込みながら読み進めることになってしまう。

恋愛小説、と言われる。そう、確かに恋愛小説なのだ。ただ、恋愛という言葉から連想するような浮ついたふわふわしたものは、あまり感じられない。なんというか、恋愛という情熱的でセクシャルなものの中に、人生の哲理とか共産主義の薄暗さとか、あるいは身体と心の関係とか「俗悪なもの(キッチュ)とそうでないもの」とか、そのほかいろんな要素が折りたたまれるようにして入っている。そして例の「重さと軽さ」だ。何しろ問題は1回きりの人生、永劫回帰することのない人生の「耐えられない軽さ」だというのだ。

逃げ水のような小説だと感じた。トマーシュ、テレザ、サビナ、フランツの間に繰り広げられる恋愛と活動のドラマを追っていると、その後ろにこれまで読んだことのない、しかし間違いなくとっても大切な「何か」が存在しているのが感じられる。しかしそれを「テーマ」として捕まえてやれとか、「読書ノート」に気の利いたことを書いてやれとか思った瞬間に、その姿はするりと手ををすり抜けてしまう。あああ、と思っていると、突然作者自身の独白体が登場し、人生の哲学を滔々と語るという具合。なんという小説だ。まったく。いいように翻弄されっぱなしの、しかしその翻弄が妙に心地よい一冊であった。

いったいこのクンデラという作家、何者か。この一冊だけでは、到底太刀打ちできない(クンデラは本書が初読)。『冗談』も『生は彼方に』も『不滅』も『可笑しい愛』も、そのうちトライしなくてはならないだろう。だが、実は今いちばん読みたいのは『小説の精神』。アンチョコをすぐ覗きたくなる高校生みたいでみっともないので、ぐっと我慢しているが。いずれにせよ、とりあえず今回は、空振り三振の打席だったと認めよう。その日の気分のまま、気になっていたあの本を気まぐれに手に取る「浮読」の一冊。