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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【1003冊目】多田富雄『生命の木の下で』

生命の木の下で (新潮文庫)

生命の木の下で (新潮文庫)

世界的な免疫学者、多田富雄氏のエッセイ集。

この方の文章を読むのは、10年以上前の『免疫の意味論』以来。しかし、その存在はずっと気になっていた。なぜか知っていることも、いろいろあった。トップクラスの免疫学者であるのみならず、新作能の創作者であること。文章の名人であり、良質のエッセイが多いこと。そして晩年は脳梗塞に倒れ、壮絶なリハビリを体験されたこと・・・・・・。著書や対談にも気になるものが多く、いつか読みたいと思っていたのだが、今回、わずか一冊だけではあるが、ようやく果たすことができた。

たまたま図書館で見かけて手に取り、さっそく電車の中でパラパラ読んだ。3部構成になっている。第1部には、半分旅行記のような長めのエッセイが2本。第2部は「日づけのない日記」とのことで、日々の出来事や随想をつづった断章のような文章。第3部は小林秀雄中原中也、中村雄二郎など、著者が影響を受けた人物の話が中心になっている。

どれも、うまい。質実で読みやすい文章のオブラートに、深いテーマがしっかりとくるまれている。特に強烈なのは第1章の、ドゴン族を訪ねるアフリカの旅と、東南アジアの「ゴールデン・トライアングル」をめぐる旅の話。アフリカの旅は、写真や映像などとはまったく違う、実際に身を置かないと本当にはわからないであろう「アフリカの肌触り」のようなものが伝わってくる。蝿で真っ黒になった魚を売る市場。無舗装の道を疾駆するジープ。一日の汚れを浄化するかのようなアフリカの朝。プリミティブで強烈な「アフリカ体験」の果て、ようやく出会ったドゴン族の姿に人類発祥の源を感じるくだりに、新鮮なリアリティがある。

もう一方のゴールデン・トライアングルは、タイ・ミャンマーラオスの国境付近の異名。そこは長くケシの栽培地帯であり、今なおその地域の村々の多くは、麻薬にどっぷりと汚染されている。その実態はすさまじいの一語。大人たちが昼も夜もなく麻薬にふけり、子どもたちは養育もされず放置される。村人全員が麻薬中毒になり、村そのものが消滅することもあるという。その渦中に身を置いて、麻薬から村人を救い出そうとする人々を著者は追っているのだが、その奮闘ぶりにはホントに胸が熱くなるものがある。これはほとんど、エッセイというより上質のルポルタージュである。

 第2部、第3部の詳細には触れられなかったが、それぞれに違った味わいがあって捨てがたい。ちなみに本書は、脳梗塞で半身不随となる前に綴られたエッセイ集。その顛末を書いたという『寡黙なる巨人』や、名品といわれる『独酌余滴』を、そのうち手にとってみたい。

もっとも、この続きは少し違う方向に飛んでみたい。いくつかの本を続けて読むという場合、同じ著者やテーマを追っていく読み方もあろうが(そういう読み方もそのうちしていくが)、本書に続く本としては、ちょっと「ナナメの」関係を飛んでみたいのだ。「斜読」というか、将棋の桂馬のように飛ぶ読み方ということで「桂読」とでもいうべきか。どこに飛ぶかは、またそのうち。