自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【994・995冊目】江藤俊昭『図解地方議会改革 実践のポイント100』『自治を担う議会改革』

図解 地方議会改革―実践のポイント100

図解 地方議会改革―実践のポイント100

増補版 自治を担う議会改革―住民と歩む協働型議会の実現― [自治体議会政策学会叢書/Copa Books] (COPABOOKS―自治体議会政策学会叢書)

増補版 自治を担う議会改革―住民と歩む協働型議会の実現― [自治体議会政策学会叢書/Copa Books] (COPABOOKS―自治体議会政策学会叢書)

地方議会を含む地方自治制度を学ぶのに、今ほど良いチャンスはない。

なにしろ鹿児島県阿久根市の某市長のおかげで、「専決処分」とか「リコール(解職請求)」とか「是正勧告」とか、今までほとんど知られていなかった「地方自治用語」が新聞やテレビにぶんぶん飛び交っているのだ。特に専決処分については「特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであると認めるとき」という要件とか、議会の事後的な同意が得られなくても有効だとか、要件・効果まで詳しくなってしまう今日この頃である。だいたいこの阿久根市の事案自体、ある意味で地方自治法における「極限事例」である。首長と議会をめぐる問題点が、この事案には集中的に表れている。関係者の方々の労苦は相当なものだと思うが、あえて不謹慎を承知で言ってしまえば、たいへんおもしろい。地方自治法が丸裸にされている姿など、なかなか見られるものではない。

実際、首長と議会の関係は一筋縄ではいかないものがある。議会の多数派が首相を選ぶ国政と異なり、地方は首長と議員をそれぞれ選挙する二元代表制である。したがって議会は議会として独自のかたちで民意を反映した存在であり、首長とは拮抗した存在であるはずだ。「機関対立主義」という言葉は、決しておおげさではない。

ところが実際には、大多数の議会はその独自の立場を十分に活かしているとはいいがたい。その原因には、例の市長にみられるように、地方自治法自体が絶大な権力を首長側に与えているということもあるが、同時に議会側の怠慢があることも否定できないだろう。質問まで行政職員が書き、事前調整済みの原稿を読み合うだけの「学芸会」本会議。水面下の折衝と調整ですべてが決まる、形式だけの委員会。そんなふうにしてだらだらと馴れ合っていたほうが、行政側も議会側もラクなのだ。

いい迷惑なのは住民だ。議員なんて威張ってばかりで、何をやっているのかわからない。だから何かあれば、議員を減らせ、報酬を減らせ、となる。しかし、議会とは本当に「その程度の」ものであってよいのか。制度として存在するから存在する、というだけの、無用な金食い虫なのか。

そうではない、というのが著者の立場だ。むしろ議会はもともと、行政に対する強力な監視機能と、一定の政策提言能力をもっているはずの存在だ。もちろん制度上の不備はたくさんあるが、今の制度の中でもできることは多い。議員同士の討議を中心にすること。議会こそ住民との協働を意識すること。会議を公開し、住民が傍聴したくなるような仕組みをつくること。実際にやっている自治体もいくつかある。ヤル気になればできる……はずなのだ。

実際、今の地方自治制度上、実は議会こそが自治体運営のキープレイヤーなのだ。議会が意欲的に自らを改革すれば、それだけで相当のことができるのだ。それだけの「武器」を与えられていながら、使うことなく怠惰な眠りについていたのがこれまでの議会だとしたら、それは見放されても仕方がない。実際、住民協働に熱心な自治体ほど、議会は体よくスルーされ、「お荷物」扱いになっていることが多い。そうなってから「議会軽視」と怒っても遅いのだ。むしろ議会こそが、住民の代表として行政と住民をつなぎ、そのチャネルになるべきなのだ。

議会という制度の本質を考えれば、実は著者がこの2冊で書いていることはどれも「当たり前のこと」である。しかし、それが「目の覚める改革案」に見える現状こそ、実はいちばんの問題なのかもしれない。特に「図解地方議会改革」は、議会関係者、必読。