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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【982〜984冊目】五木寛之『生きるヒント』『こころの天気図』『不安の力』

こころの天気図 (講談社文庫)

こころの天気図 (講談社文庫)

不安の力 (集英社文庫)

不安の力 (集英社文庫)

五木寛之の近年のエッセイって、どうも「癒し系」「スローライフ系」の匂いがして、なかなか食指が伸びなかった。だが、ある時たまたま手に取る機会があったので読んでみたら、これはどうもそのへんの凡百の癒し系エッセイとは、役者が一枚も二枚も違う。しかも、小説『親鸞』を読んでからまたいくつか読んでみたら(それが今回の3冊)、さらに見え方が変わった。う〜む。一見ソフトで優しげなのだが、これは実はかなり骨っぽい。簡単なことを言っているようで、実はすごく深くて難しいことを言っている。

いろいろな内容やテーマが出てくるので単純には割り切れないのだが、基本的なトーンというか著者の姿勢は、「相反する要素を重視する」ことにあるように感じた。生と死。善と悪。健康と病気。安心と不安。正と負。いろんな「二項対立」がこの世には満ちている。たいていの書き手は、その一方を肯定し、もう一方を否定する。たとえば、生を肯定するなら、死を避けるべきものと扱う。健康を肯定するなら、病気を避けるべきものとする。ところが、著者は決してそうした態度はとらない。そのことが徹底している。

著者の見方は、二項対立の一方は、もう一方があって初めて光り輝く、というものだ。生がみずみずしく輝かしいのは、それが「死」を前提としているからだ。「健康」が素晴らしいと感じられるのは、「病気」というものがあるからだ。両者はひとつの物事のネガとポジのような、あるいは1枚のコインの表と裏のようなもの。その一方をほめそやすのは構わないが、それは相反するもう一方の要素に支えられていることを忘れてはならない。

そんなことが、著者のエッセイには繰り返し、ものすごくやさしい言葉づかいで書かれている。だから読み手は、なるほど、ああそうか、と、著者の主張をするりと飲み込んでしまう。しかし、実はこれって、すごく深くて「やっかいな」ことを言っているように思う。老荘思想や仏教の一部宗派の言っていることというのは、実はまさに「このこと」である。大げさにいえば、これこそ「世界の真理」の一端を突いている思想である。それを誰にでもわかる言葉で、しかも現実の社会問題やわれわれの心のありようにつなげて語ってくれる著者のエッセイは、タダで最高級の説法を聞いているようなもの。同じように売れているだけにかえって紛らわしいが、中身のない癒し本とはまさに一線を画すべき、得難い一冊(三冊)である。