自治体職員の読書ノート

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【960冊目】『斎藤秀雄講義録』

斎藤秀雄 講義録

斎藤秀雄 講義録

詳細をきわめ、芳醇この上なく、もっとも緻密で、もっとも音楽的。この人なくして、日本のクラシック音楽界はなかった。

クラシック音楽が好きな人、特に自分で演奏する人にとっては、垂涎の逸品。ただし、楽譜が読めないとちとツライ。まあ、この手の本は関心がある人とない人にハッキリ分かれると思うので、関心がない方はここでサヨウナラ、ということで……。

斎藤秀雄が日本のクラシック界に遺した遺産ははかりしれない。もともとはチェリストだが、たぶんそれよりも、教育者としてのほうが名高い。現在の桐朋学園の前身ともいえる「子供のための音楽教室」を開設した一人であり、小澤征爾をはじめとして、その教え子たるや錚々たる面々ばかり。ちなみに、かの「サイトウ・キネン・オーケストラ」は、斎藤秀雄の教えを受けた音楽家たちが中核になって結成したオーケストラだ、というのは有名な話(だから「サイトウ・キネン」なのだ)。

となると、では具体的に斎藤秀雄はどういう教え方をしていたのか、どういう音楽観をもち、それをどう伝えていたのか、音楽ファンとしては気になるところ。本書はそういう関心にど真ん中のストライクで応えてくれるうれしい一冊だ。なにしろこの本は、晩年の斎藤秀雄が実際に広島で行った4回にわたる講義をライブ調で記録し、再現したものなのだから。

もっとも、音楽の講義だけあって、実際にはいろいろな曲をかけたり、実際に弾いてみせたりしながらの進行なので、そのあたりは書かれている言葉を手掛かりに推測するほかないのが残念なところ。また、短いながらも実際の楽曲の譜面が取り上げられ、講義は基本的にその譜面の内容を解析しながら行われるため、これを「読める」ことが本書を読む条件となる。

まあ、それを飛ばしても斎藤秀雄の音楽を語る「香気」のようなものは十分に味わえるが、それは数式を飛ばして数学書を読むようなもの。やはり本書の「肝心」は、具体的な音符を手掛かりに展開される詳細きわまりない音楽論の妙味にあるというべきだろう。

具体的な内容は読んでいただくほかはないが、「音楽」についてこれほど多様な語り方ができることに驚かされた。実際にメロディーを口ずさむ以外にも、「料理」や「言葉」などのメタファーをふんだんに使い、時には音楽史に踏み込み、時には日本と西洋の文化比較を行い、また時には、音楽というものの本質をずばりと突いてみせる。

この間読んだ『音楽の聴き方』で書かれていた「音楽を言葉で語る」ということの見事な実例が、ここにある。演奏家は必読。音楽教育に携わる方も必読。名演奏の裏舞台を知りたいミーハーな方も、必読。