自治体職員の読書ノート

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 【958冊目】内山節『「里」という思想』

「里」という思想 (新潮選書)

「里」という思想 (新潮選書)

なぜグローバリズムはダメなのか。なぜ地域重視が必要なのか。ローカリズムを「思想」によって支えるための一冊。

信濃毎日新聞での連載記事をまとめた本。ひとつひとつのユニットが短く、その分、問題提起から結論に至るまでが少々あわただしいが、似たようなテーマが繰り返し取り上げられており、読んでいくうちに、ローカリズムをめぐる著者のロジックが見えてくる。

いわゆるグローバリズムに対しては、著者ははっきりと反対の立場をとっている。まあ、グローバリズムとは事実上ほとんど「アメリカニズム」であるのだが、そのアメリカとは「歴史をもたない国」であると著者は指摘する。いや、アメリカという「土地」には、もちろん先住民の歴史(ここでの歴史の意味については以下参照)というものがあるのだが、アメリカという「国家」は、その先住民を虐殺し、囲いのなかに押し込め、その歴史を圧殺した。現在のアメリカ合衆国は、そうした土壌の上に成り立っている。

しかし、もともと人間というものは、歴史の記憶なくして生きていくことが難しいイキモノだ。自分の属する村や民族がどういう歴史をたどってきたかを知ることは、自分自身がその流れの中でどこに位置づけられるかを知ることにつながる。ちなみに、ここで言われている歴史とは国家レベルでの「正確な歴史」というよりは、その共同体に共有されている「物語」のこと。いわば人は、物語という集団的記憶装置を使って、世界の中での自分の居場所を知る。

ところが、そうした集団的記憶装置をほとんど持たないのがアメリカ。そこで彼らは、かわりに輝かしい「未来」を掲げ、そこに到達することによって人間が自己確認し、自己承認する、というふうに、自己確認の手段を過去から未来にぐるりと転回してみせた。ちなみにここで掲げられる未来とは、簡単に言ってしまえば、科学技術が進歩し、贅沢なモノにあふれた暮らしが得られる日のことだ。

そして、そんな単純な進歩史観に基づき、「どんどん稼いで、どんどん遣う」自己像こそを望ましい自己像と規定した。それこそがアメリカニズム、すなわちグローバリズムにおける「自己像」であった。そこには、地域に根ざし、共同体に属し、固有の歴史と文化を受け継ぎつつ自然と共に暮らす自己などというものは、どこにもない。あるのは世界共通のアメリカ型自己像であり、歴史や伝統を解体し、進歩的な未来に向かって進んでいく単線的自己像である。

しかし、そうした思想が経済や政治の分野でさまざまな問題を引き起こしたことが露骨に見えてきたのが、特にサブプライム問題以降のこと。グローバリズムに対する反省と見直しの機運はその前から各地であったものの、特に最近はかまびすしい。

本書はそうした状況を踏まえて、グローバリズムへの対抗原理としてのローカリズムを、具体的な「里」をベースに論じた一冊。なぜローカリズムが大事なのか、なぜ今の時代に「地域」をたいせつにすることが必要なのかが、「思想」のレベルでよく分かる(ちなみに、思想と言っても全然難しくない。難解な哲学用語などはほとんど出てこないのでご安心を)。自治体職員も含め、地域レベルでの「活性化」や「発展」に携わろうとする人にとっては、その本質を教えてくれる本である。