自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【949・950冊目】スティーヴン・キング『第四解剖室』『幸運の25セント硬貨』

第四解剖室 (新潮文庫)

第四解剖室 (新潮文庫)

幸運の25セント硬貨 (新潮文庫)

幸運の25セント硬貨 (新潮文庫)

長編とはまた違った、濃縮された「キング節」が堪能できる13篇。キングの多彩な才能のエッセンスが、この2冊にぎっしり詰め込まれている。

『Everything’s Eventual』として刊行された14篇のうち「ライディング・ザ・ブレッド」を除く13篇が、邦訳版ではこの2冊になった。とはいえそれぞれが独立した短編なので、どちらか1冊だけを読んでも十分楽しめる。

とにかく話の幅が広い。古典的な「早すぎた埋葬」ネタを現代の解剖室に蘇らせた、ブラックユーモアあふれる「第四解剖室」や、やはりクラシックな幽霊屋敷ネタをストレートにぶつけた「1408号室」、皮肉な内容の超能力モノ「なにもかもが究極的」、心温まる小さな奇跡を描いた「幸運の25セント硬貨」、不気味な結末の「L・Tのペットに関する御高説」から、後からじわりとくる結末の「愛するものはぜんぶさらいとられる」まで、まあとにかく多面多彩、しかもすべてがまごうかたなき「キングの小説」。

語り口も、同じく多彩。長編でたっぷり使われているキングのテクニックが、ここではより凝縮したかたちであらわれている。たとえば、じわじわと追い詰めるような語りの技術(「1408号室」「道路ウイルスは北へ向かう」)、シュールな状況をブラックユーモアたっぷりに描く手練の業(「第四解剖室」「ゴーサム・カフェで昼食を)等々。

使われている「ネタ」自体は、実はそれほどたいしたものじゃない。読み終わってからそう気づく。ありふれた定番の着想や、普通の小説家なら思い浮かんでもボツにするようなやや無理筋のアイディアなどが、13篇のほとんどを占めている。しかしそれを料理する腕前がすごいのだ。どんな食材でも、シェフ・キングの手にかかれば絶品料理に仕上げられてしまう。

ネタ(つまり着想)さえよければ、実は筆力はイマイチでもそれなりの小説を仕上げることはできる。キングのやっていることはその逆である。この人は、普通の小説家に比べて、「製品化できる原料の幅」がきわめて広い。だから、ネタの枯渇ということは、おそらくこの作家にはほとんど関係ないように思う。大事なのはそれを語る語り口であって、読者を最後まで引っ張っていくテクニックであって、細部のディテールを徹底的に描写することから生まれるキング流の饒舌なリアリズムである。大切なのは、語る内容より語り口。キングの作品を読むたびに、そのことを思い知らされる。

【収録作品】
『第四解剖室』……「第四解剖室」「黒いスーツの男」「愛するものはぜんぶさらいとられる」「ジャック・ハミルトンの死」「死の部屋にて」「エルーリアの修道女」
『幸運の25セント硬貨』……「なにもかもが究極的」「L・Tのペットに関する御高説」「道路ウイルスは北へ向かう」「ゴーサム・カフェで昼食を」「例のあの感覚、フランス語でしか言えないあの感覚」「1408号室」「幸運の25セント硬貨」