自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【948冊目】玉野井芳郎『玉野井芳郎著作集3 地域主義からの出発』

地域主義からの出発 (玉野井芳郎著作集)

地域主義からの出発 (玉野井芳郎著作集)

30年前に書かれたとは思えない、地域分権のための先駆的提言。グローバリズムエコロジー内発的発展まちおこし、自治基本条例、すべてはここに書かれていた。

もうずいぶん前になるが、月刊ガバナンス07年1月号の「自治体職員にお薦めの3冊』で、神野直彦氏がこの本を挙げていたことから、本書を知った。神野氏の財政論や分権論には以前から絶大な信頼を寄せていることもあり、玉野井芳郎という名前はずっと気になっていたのだが、ずいぶん前の本ということもあって、なんとなく手に取る機会のないままになっていた。

ところがこの間、別の本つながりでカール・ポランニーを読もうと思い立ったところ、『経済の文明史』(現在読書中)の訳者がなんと玉野井氏ではないか。しかもそのまえがきでは、カール・ポランニーの思想内容がきわめて明晰かつ分かりやすく紹介されており、その議論の方向性も私の興味関心と相当にシンクロした。おやおや、これは読まずばなるまい、ということで、初めて手に取ったのがこの本。理由はもちろん、神野氏の推薦本だからだ。

だいたいこういう出会い方をする本にハズレがあったためしはないのだが、本書も「大当たり」の一冊であった。なにしろ30年前の内容ながら、現代にも最先端で通用する地域分権論が堂々展開されているのである(ちなみに著者は「地方分権」とは言わず「地域分権」と言う。民主党の「地域主権」にもつながるものがありそうだ)。

著者は経済学者であり、その思想も経済学のアプローチから入っている。本書でいえば「国家と経済」「経済学の転換と地域主義」あたりがそれにあたる。ここで展開されているのは、一言でいえば「反・経済学」である。あるいはカール・ポランニー流でいえば、社会が経済に包摂されるのではなく、社会に埋め込まれるべきものとして経済のあり方を考える。中でもそのユニットとなるのが、それぞれの地域。地域の社会や生活の中にこそ、その地域の経済は息づく。それがとりわけ転倒していたのが、高度成長期以後の、国主導の開発が地方を吹き荒れた日本であった。

そもそも日本の中央集権は、明治維新の廃藩置県に始まった。徳川幕府下の「藩」を担っていた武士階級は解体され、官選の知事がトップとなる「国の手足」としての県が置かれた。その上に乗っかってきたのが、当時のドイツを模範とする国家統治システムであった。ただし、当時のドイツと日本で根本的に違っていることが一つあった。日本がガチガチの中央集権制度を敷いていたのに対して、ドイツは「ラント」の集合体たる連邦国家であったのだ。明治政府は、連邦国家における中央政府の統治システムを、超中央集権的な日本国家に持ち込んだことになる。

そんな妙な始まり方をした日本の統治システムは、形を変えながらも戦後まで続き、したがって日本はまともな「地域分権」をいまだに経験したことがない近代国家となってしまった。著者はそのような日本の現状を、ドイツやイギリス、スイスといったヨーロッパ諸国と比較して危機感を感じ、非常に先鋭的な地域分権論を展開するに至る。すでに書いたが、その内容は現在の地方自治論、地方分権論と比べてもほぼ遜色なく、それどころかそのラディカルさにおいては、本書の内容のほうがやや先に行っているのではないか、という気もするくらいである。特に驚いたのが、「自治体憲法」の制定を提唱する章。そこで著者は、こんなふうに書いている。

「すでにわが実定憲法は、自治体をたしかに国のひとつの制度として保障している。そして国と自治体とは明らかに異なった目的と機能をもっているはずである。そのような諸地方自治体が、国のレベルとは異なる諸地域のレベルでの具体的な文化・生活権の確定をとおして、それぞれに固有の自治、したがってまた自己統治の理念を明らかにしてゆくなら、地域的個性にあふれる多数の自立的な自治体の連合の基礎上に新たな国民国家を築き上げてゆくことも可能になってくるのではないだろうか。このような理念を明記する「憲法」(自治体の基本法)をそれぞれの自治体が制定することを試みても、今日の時点において、不自然のそしりをこうむることはけっしてありえないように思われるのである」


くどいようだが、この「今日の時点」とは1979年のこと。しかし、ここで示されているのは、明らかに「自治基本条例」のルーツである。しかも、その内容として著者は、いったいどのようなものを想定していたか。

ここで参考になると思われるのが、著者の強い影響下で作成されたとされている「沖縄自治憲章(案)」である。そこには自治権住民投票の定めはもちろん、知る権利やプライバシー権、自然保護、平和的生存権、そしてなんと「抵抗権」の条文さえ置かれているのだ。こんな具合に。

第18条 この憲章によって保障された基本権が、国及び自治体の行為によって侵害されたときは、住民は、これに対し抵抗する権利を有する。
自治体の自治権が国の行為によって侵害された場合は、自治体は、これに対し抵抗する権利を有する。


ちなみに本書の後半は、「沖縄」が主役になっている。著者自身が沖縄国際大学に赴任したということもあろうが、それまで「書斎の人」であった著者が、沖縄で現地の人々と交わり、フィールドワークを重ねることで、さらに地域分権の思想を深化・充実させていったことが、本書を読むとよく分かる。ここでその詳細について触れるゆとりはないが(すでにこの「読書ノート」としてはずいぶん長くなってしまっている)、沖縄論としても、また自治論としても、たいへん刺激的で面白い。玉野井芳郎という人のこと、もっと知られてよいように思われる。