自治体職員の読書ノート

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【933冊目】ジャレド・ダイアモンド『文明崩壊』

文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)

文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)

文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)

文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)

イースター島マヤ文明グリーンランドノルウェー人。滅亡した彼らの社会は、現代の世界と相似形の関係にある。データと論理を徹底的に積み上げた先に見えるのは、世界規模の文明崩壊と、一筋の希望。

ゼロ年代の50冊」のトップに選ばれ、今になって売れに売れている前著『銃、病原菌、鉄』は、西洋文明の一方的な「ひとり勝ち」状態の要因を「環境」に求めることで、歴史的プロセスから現代世界の実相を描き出した一冊(二冊だが)だった。読んだのは刊行後間もない頃だったと思うが、膨大なデータの積み上げと緻密な考証に圧倒されたのを覚えている。

そうした考古学者、科学者としての著者のスタンスは、本書でも変わらない。本書でまず取り上げられるのは、孤絶した空間に繁栄し、自壊した数々の文明。イースター島、マヤ、アメリカ先住民のアナサジ族、ノルウェーグリーンランド……。それらに共通するのは、閉鎖的な空間で発展し、そして内的要因によって崩壊したという点だ。著者はその要因を、(1)環境被害(2)気候変動(3)近隣の敵対集団(4)友好的な取引相手(5)環境問題への社会の対応の5つに整理する。この5つの全部または一部が、上に挙げた社会や文明の崩壊を導いたというのが、本書の上巻で著者が論証している内容だ。

しかし、著者がこうした「文明崩壊」の事例をいくつも挙げているのは、単なる考古学的な興味からではない。その背景には、今の世界全体が、まさしく崩壊前夜のイースター島マヤ文明に匹敵する危機的状況にある、という認識がある。その事例として示されるのが、アフリカのルワンダ、対照的な運命をたどるハイチとドミニカ、急激に膨張しつつある中国、そして惨憺たる自然環境のオーストラリアであり、さらには世界各地の鉱業や石油採掘業、林業などを営む大企業によって引き起こされている、すさまじい規模の環境破壊だ。読んでいると、過去の崩壊事例と、現代の環境破壊の現状が、見事なまでの二重写しとなって読み手に迫ってくる。

しかし、著者は一方的な悲観論だけを書いているわけではない(著者はご自身を「慎重な楽観主義者」と称している)。歴史を振り返ってみれば、確かにいくつかの文明は崩壊したが、一方で崩壊を回避したケースもあるのである。その例として挙げられているのが、ニューギニア高地、太平洋上のティコピア島、そして江戸時代の日本。前二者は住民によるボトムアップの取り組みで、日本では徳川幕府による強力なトップダウンで、環境の持続可能性が確保されたのだ。したがって現代のわれわれにも、適切に行動することによって崩壊を免れることができる可能性は残されている、と著者はいう。

そのための処方箋は、この種の本としては例外的なほど具体的で、実践的。適切な投票行動によって環境問題に対する政治的な意思の行使を可能にすること、消費者としては、小売店への購買/不買運動を通じて、環境破壊を繰り返している企業に圧力をかけること(マクドナルドやホーム・デポ、ティファニーなど、アメリカではいくつかの成功例が生まれている。「最も大衆の反応に敏感で、他の環に影響力を有する環を狙うこと」)、地元の環境団体に参加して地域環境の改善に取り組むこと、そしてしかるべき環境団体に寄付をすること・・・・・・。もちろん本書の事例がそのまますべて日本にあてはまるわけではないだろうが、少なくとも、いたずらに無力感に打ちひしがれ、投げやりになる必要はないことは分かる。悪しき事例も、それを打開する方法も、すべては歴史の教訓の裡に含まれているのである。