自治体職員の読書ノート

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【930冊目】小林秀雄・岡潔『人間の建設』

人間の建設 (新潮文庫)

人間の建設 (新潮文庫)

高速で知の世界を疾走し、一瞬で世界の深みに達し、余韻を残してさっと引く。ピカソを考え、日本の教育を憂え、ドストエフスキーを論じ、科学の深奥に迫る。珠玉の対談。

まず取り上げられるのは、仏教でいう「無明」の話。ピカソの絵は「無明の醜悪さ」を描いたものだという。しかし本来の美というものは、無明=小我を越えたその先にある自然の中にこそあるのだ、と。

「自己中心に考えた自己というもの、西洋ではそれを自我といっております。仏教では小我といいますが、小我からくるものは醜悪さだけなんです」

「丹念に長いあいだ取り扱ってきたものを見ているうちに、自分の心からほしいままなものが取れたのじゃないか。ほしいままなものが取れさえすれば、自然は何を見ても美しいのじゃないか」

よく「知・情・意」というが、人は「情」によって動かされるのであって、知や意のレベルでいくら説得しても、「情」が動かなければ人は動かない。それは数学という「知」の結晶のような存在にあっても同じこと。むしろ、数学はそのことを認識するところまで到達した、というべきなのだ、という。

「知性や意思は、感情を説得する力がない。ところが、人間というものは感情が納得しなければ、ほんとうには納得しないという存在らしいのです」

そして、自然科学などといって威張っているが、科学はほんとうには何もわかっていないのだ、という衝撃的な発言。人が何かをわかるとはどういうことか、について、深い深い議論が交わされる。

「人はずいぶんいろいろなことを知っているようにみえますが、いまの人間には、たいていのことは肯定する力も否定する力もないのです。一番知りたいことを、人は何もしらないのです」


そんな具合で、二人の話題はつかず離れず、あらゆる分野を高速でめぐりながら行われる。その会話で使われる言葉は、上の引用文でもお分かりいただけると思うが、たいへんやさしくシンプルなものばかり。しかし、そこに含まれている意味の豊かさはものすごい。読みやすいだけに、こちらの意識がちょっとでもゆるんでいると、言葉がスーッと頭のなかを通り過ぎてしまう。しかし、その意味するところをしっかり汲み取ろうとするなら、この本はおそらく、何度読み返しても汲み取りきれないだけの豊饒さをたたえている。

薄い本であり、ユーモアすら漂う軽妙な対談なのだが、その内容はおそらく最高級の思想書や科学哲学書数冊に匹敵する。特攻に関する部分など、いささか誤解を招きかねない(個人的にも納得しがたい)ところはあるものの、他の部分のもつクオリティはそれを補ってあまりある。座右において何度も読み返したい本が、また増えた。