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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【927冊目】童門冬二『誠は天の道なり』

歴史・文化・民俗

誠は天の道なり―幕末の名補佐役・山田方谷の生涯

誠は天の道なり―幕末の名補佐役・山田方谷の生涯

江戸末期、借金漬けだった松山藩の財政を短期間に立て直した男。「義」と「誠」の道と「財政」の道をひとつにつなげた奇跡の改革者の軌跡をたどる。

ヤマダホーコクを知っていますか。

百姓の身分から身を起こし、備中松山藩の財政立て直しに尽力した男である。当時の松山藩は上方の商人からの莫大な借金にあえぎ、藩札は信用を失い、経済状態は最悪だった。それを立て直すために方谷が取り組んだのが、藩財政の情報公開、藩札をすべて買い上げて焼き捨てたことによる信頼性の回復、賄賂禁止と徹底した倹約、産業や流通の振興による地域経済の活性化。その結果、いったん50年にわたる繰り延べを行った債務も蓋をあけてみれば数年で完済。特産品の開発と流通が確保されたことで藩財政はかえって潤った。

しかも、山田方谷が凄いのはここからである。方谷は藩財政の立て直しにあたり、いきなり目先の政策に走らず、まずは「大義」を考えた。「義」と「利」を厳しく峻別し、「利」に走らず「義」を明らかにすることに意を砕いたのだ。そして、藩財政の外から全体を俯瞰し、大枠の政治方針を定めたうえで、初めて個別の財政問題に着手した。

一見、ずいぶん迂遠な道に思えるが、方谷は本気でこれに取り組んだ。そのために途中で藩内に餓死者が出たとしても、「義」のためにはやむなし、とまで言い切った。そして、大真面目に「物事の道理」「政治の指針」を明らかにしたうえで、それに沿って藩政を見直し、その延長線上に財政問題を置いたのだ。

その結果はどうだろう。長年にわたる藩の「赤字財政」はわずか数年で健全化し、庶民の生活は潤い、藩の産業も活気づいた。財政の論理の中にあって「目先の政策」をいくら振り回してもうまくいかなかったことを、方谷はいったん「理財の外」に身を置くことで、あっという間に解決してしまったのだ。

今の日本と幕末の藩を単純に比べる気はない。しかし、この方谷の視点の置き方、「義」と「誠」を「利」と厳密に区別し、前者を徹底して優先するという考え方は、実は今もっとも失われているものではないか。マーケットの外側にある「義」や「誠」、つまりは「何が正しいか」「国家や社会はどうあるべきか」という理念の側に立ち、そこから経済や財政をとらえるという姿勢を、われわれは今一度、方谷から教えてもらうべきであろう。ヤマダホーコクという人、その大きさに比して、今あまりにも忘れられているように思われる。