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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【925冊目】百田尚樹『永遠の0』

永遠の0 (講談社文庫)

永遠の0 (講談社文庫)

一人の零戦パイロットのたどった運命を、孫の健太郎とその姉が追う。何人もの戦争体験者の証言を小説に織り込み、戦場という現場からあの戦争の実像を描きだす。

そのパイロットの名は宮部久蔵。超一流のパイロットでありながら「生きて帰りたい」と公然と口にして、同僚からは「臆病者」と嘲られていた男だ。その宮部が、なぜか自ら「十死零生」の特攻隊に志願し、死んだ。その「謎」を解き明かそうと健太郎たちが何人かの戦争体験者にインタビューを行う、というのがこの小説の流れ。というか、本書のメインはむしろこの「戦争証言集」の部分にある。小説本体としてのパートは、ほとんど「つなぎ」の役割だ。

読んでいて、二つの小説を思い出した。特攻の真実をえぐり出すという小説のテーマは、いろいろ似ているものがあるが、以前読んで印象深かったのが横山秀夫の『出口のない海』(こちらは海底の特攻である人間魚雷「回天」だが)。そして、帝国海軍の軍人でありながら「生きて帰りたい」と口にする宮部のキャラクターは、浅田次郎の『壬生義士伝』に登場する、新撰組隊士でありながら「死にたぐねえから人を斬るのす」と言った吉村貫一郎。そういえば『壬生義士伝』は、周囲の証言から一人の人物の姿を描き出すという手法でも、本書にとても良く似ている。

小説としての巧拙については、まあ、著者のデビュー作である本書を、当代きっての小説の名手であるお二方の代表作と比べること自体がマチガイであろう。証言の組み立て方、人物造形の深さ、小説としての奥行の深さなど、横綱十両の取り組みのごとしである。また、「地の文」に不用意な言葉遣いや生硬な文章がみられ、最初は気になってしょうがなかった。祖父のことを知りたいという姉弟の動機付けもちょっと弱いかな。

ところが最初の「戦争体験」が語られると、一気に小説に引きずり込まれる。安易な「上から目線」ではなく、徹底した現場視点による戦争のディテール。体験者だからこそ実感できる、戦略上、戦術上の無数の「if」の存在。そして、「生き残ってしまった」こと自体に罪の意識を覚えつつ、残された人生を生きる男たちの哀しみと慙愧の念。証言が進むにつれて次々に重なり合う、戦争の真実。そのリアリティ、その「力」がとにかく半端じゃない。いったいこれまで、私は戦争について何を学び、何を知ってきたのか。とにかくひたすら圧倒され、打ちのめされる。

そう考えると、時系列で進む「戦争証言」も、真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナルサイパンと、坂道を転げ落ちるように日本の状況が悪化し、軍部が追い詰められて狂気としか思えない作戦を連発し、日本近代史最悪の瞬間を迎えるまでをリアルに描き出すにはぴったりであった。小説でありながら、戦争にまつわる事実関係もかなり丁寧に記述されており、太平洋戦争を知るための入り口のひとつとしてお勧めできる一冊だ。