自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【923冊目】大和市企画部『ドキュメント・市民がつくったまちの憲法』

徹底的な市民主体で行われた、自治基本条例の制定プロセスを詳細に記録した貴重な一冊。プロセスにこそ、魂は宿る。そのことを教えられる本である。

公募市民を中心とした「自治基本条例をつくる会」の設立から条例の制定まで、およそ3年近くに及ぶプロセスをたどる。注目されるのは、行政サイドが徹底して「つくる会」(こうやって略すと、新しい歴史教科書をつくる会を思い出す……)にゲタを預けたこと。事務局は条例の素案を用意することもせず、資料の作成も「つくる会」の市民メンバーに任せ、ひたすら黒子に徹している。それまで大和市にどの程度、市民自治の蓄積があったか知らないが、ここまで徹底して「イチから市民の手で」条例を作り上げるのは、並大抵ではない。

しかも、たたき台は何度もPI(パブリック・インボルブメント)によって、まさに「たたかれ」ることになる。PIとは、パブリックコメントよりさらに進んで、市民を「巻き込む」仕掛けである。といっても、内容はいわゆる「市民説明会」なのだが、恐れ入るのはその回数。一般市民、自治会、さらには市内の高校でのPIも含めて、なんと63回を数えたという。公募市民によってつくられたたたき台を、さらに多くの市民の目にさらし、再検討を重ねていく。その熱意とエネルギー、真摯さには本当に頭が下がる。行政が介在する余地など、ここにはほとんどない。こうして、頭からしっぽまで、お仕着せではなくホンモノの「市民自治」「市民主体」がぎっしり詰まった条例案ができあがる。

自治基本条例には「モデルケース」はない。その自治体の特性にあわせた「オーダーメイド」でなければそもそも自治基本条例とは言い難いものがある。思うに、自治基本条例を制定することが「先進自治体」なのでは、ない。その策定プロセスにこそ、その自治体の先進性、あるいは見識の高さが示されるのだと思う。その点では、以前読んだニセコ町の事例と並んで、この大和市のプロセスは素晴らしい。

長い年月をかけて、条文の一語一句までが市民の手で検討された自治基本条例素案は、しかし残念ながら、市議会のわずか4時間の審議で「修正」されてしまう。そのことを、審議を重ねてきた市民への冒瀆であるとか、議会の横暴だと言うことはカンタンだ。だが、まず考えるべきは、この「修正」を阻む手段が公募市民には存在しない、という事実だ。任意の公募市民より、選挙で選ばれた議員からなる議会のほうが優先される。それは議会制民主主義においては「当たり前」の建前であるが、同時に、市民自治という理念の限界を示すものでもある。だからこそ、自治体を本当に「住民の、住民による、住民のための」自治体に変えていくためには、議会が変われるかどうかが大きなキーポイントになってくるのだが……