自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【918・919冊目】イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』『神と野獣の都』

神と野獣の都 (扶桑社ミステリー)

神と野獣の都 (扶桑社ミステリー)

現代ラテンアメリカが生んだ、とてつもない語り部の力。幻想と現実、なのではなく、ここでは現実こそが幻想で、幻想こそが現実なのだ。圧巻のストーリーテリングによる2冊。

『精霊たちの家』は処女作だが、これが最初に書かれた作品であるなんて、信じられない。数世代にわたる「家」の物語である点、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』にも似ているが、『百年の孤独』ではすべてがジャングルの奥に横たわるマコンドという土地の中に織り込まれていたのに対して、本書は土地の縛りを飛び越えて人々が躍動し、自由自在に動き回る。特に、予知能力の持ち主で、一家を文字通り支えてきた超然たるクラーラ、その娘で悩み多きブランカ、さらにその娘で活動的なアルバの3代の女性の存在感は鳥肌モノ。この3人の存在こそが、この長大な物語を背骨のように支えている。

そして後半では、軍事政府による弾圧と抑圧がなまなましく描かれる。モデルとなっているのはあきらかに、チリで軍事クーデタを起こして政権を握ったピノチェト独裁政府。なにしろ著者自身、チリでの反政府活動により迫害を受けてベネズエラに移住したという経歴をもっている(したがって、本書は小説のかたちをとったチリ政府への告発状でもあった)。その弾圧の描写のすさまじさは、読んでいて胸が悪くなるほどの迫力。

いずれにせよ、600ページ近い大長編でありながら一度たりとも緊張感が途切れず、ほとんど一息に読み切れてしまう。幻想と現実が隣合わせ、というより、幻想すなわちこれ現実の、自然と魔術が日々の生活に渾然一体となったラテンアメリカ的世界観に読み手を引きずり込む圧巻の一冊。

そのアジェンデが書いたジュヴナイルの傑作が、2冊目の『神と野獣の都』。ひょんなことからアマゾンの奥地への探検旅行に同道することになったアメリカ人の少年の成長を描く少年小説なのだが、これがまた、べらぼうに面白い。シンプルで直線的な冒険物語のスタイルをとり、ハラハラドキドキの連続で読み手を飽きさせないストーリーテリングに加えて、登場人物の魅力もすばらしい。特に印象的なのは主人公アレックスの祖母、ケイト・コールド。「祖母」という言葉のイメージからこれほど遠い人もあるまいと思えるような強烈なキャラクターだ。また、人類学者のルブランの描き方も実にうまく、嫌な奴だとさんざん思わせておいてラストでひっくり返すその手際には、思わず舌を巻いた。

しかも単なるエンターテイメントに終わらせず、その中にアマゾンのインディオをめぐるリアルな問題意識をしっかりと織り込み、西洋文明のあり方やインディオに対する偏見の根強さ、西洋人のやってきたことの悪辣さなどについて、いろいろと考えさせられる。大人になってから読んでも十分楽しめるが、できれば高校生くらいのうちに読むことを勧めたい一冊だ。