自治体職員の読書ノート

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【917冊目】小池龍之介『考えない練習』

考えない練習

考えない練習

「考える」ことが、わたしたちを支配し、振り回し、悩ませる。「考える」をコントロールするために著者が提案するのは、まず「感じる」ことに意識を置くこと。

例えば視覚なら、漫然と「見えている」状態から、意識して「見る」行為へとシフトする。入ってくる視覚情報を意識することで、見えているものが心を捉え、振り回すのを防ぐことができる。無意識に「見ている」だけだと、見えているものに対して腹が立ったり、イライラしたりすることがある。するとわたしたちの意識は「怒り」に支配され、かえって周りが見えなくなる。よく言われる「怒りで目がくらむ」とは、このことだろうか。

それに対して本書が提唱するのは、視覚そのものに意識を置くこと。「○○を見ている」と自覚しながらものを見ること。そのことによって、「見ているもの」だけでなく、実は「見ているものから引き起こされた感情」もまた、自覚することができる。見たものから怒りが喚起されたのであれば、「○○を見ていて、私は腹が立ったようだ」と、怒りの感情を同時にセルフモニタリングするのだ。その際に、怒りという感情そのものを抑圧する必要はない。怒りという感情を抱いた自分自身に気づき、本書の言い方でいえば「カギカッコに入れて」認識することが大切なのだ。

感覚を意識的に働かせることの効用は、視覚情報が意識の中にまでダイレクトに入り込み、「悪しき考え」を起こすことを、「自覚」という監視カメラを置くことで食い止めることができる、という点だ。そのことは視覚だけではなく、聴覚、嗅覚、味覚など五感すべてにあてはまる。本書は「話す」「聞く」「見る」「書く/読む」「食べる」「捨てる」「触れる」「育てる」と大きく章立てし(ほかに「呼吸する」「嗅ぐ」などがコラムとして短く書かれている)、それぞれの局面ごとに、思考や意識の暴走を防ぐための秘訣が具体的に書かれている。

「考えるな」と言うのは簡単だが、実践するのは難しい。なぜなら、本書によれば、「思考」という行為はたいへん刺激が強く、われわれの脳は刺激の強い行為をより好むから、なのだそうだ。特に刺激が強いのが、不安や怒りなどのネガティブな思念。それはわれわれの意識にとっては「苦」なのだが、刺激の強さゆえに脳はそれを「快」と錯覚してしまう。だからわれわれは、考えることによって苦しむにも関わらず、考えることをやめられない。

だからそこにはメソッドが必要であり、「練習」が必要なのだ。本書のタイトルが「考えない練習」である理由はそこにある。刺激をいたずらに求めることをやめた先には、平穏で幸福な人生が待っている。しあわせな人生とは、ずっと未来のどこかにあるのではなく、われわれのすぐ近くにずっとあったものなのだ。