自治体職員の読書ノート

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【916冊目】中谷健太郎『湯布院幻燈譜』

湯布院幻灯譜

湯布院幻灯譜

地に足をつけ、目線は遥かに。町おこし、地域おこしの元祖的存在である著者が綴る、湯布院の生活や自分の家族、そして地域への想い。

本書は身辺雑記ふうのエッセイで、小難しい理屈は書かれていない。しかし、湯布院の風景を綴る淡々とした文章から、地域を想う「魂」のようなものがたちのぼってくる。あえて「そういうこと」を書こうとしているというよりは、何を書いていても、押さえきれず浮かび上がってきてしまうかのように。

おそらくこの人にとって、「町おこし」とか「地域おこし」ということは、なんらトクベツなことではないのだろう。こうやってカギカッコにくくられて、もっともらしい名前をつけられてしまうこと自体、この人にとっては違和感なのだろう、と思う。著者にとって、それは日々の生活の延長線上にあるコトなのではなかろうか。地域で生きるということと「町おこし」は、本当は地続きなのではないだろうか。

かといって、それは惰性でできることではない。むしろそれは、地域の人々が顔を合わせ、喧々諤々と話し合って、ぶつかりあって、その果てに成し遂げられることであるように思う。本書の中で印象的だったのは、「能書き」の大切さを書いた章だった。「能書き」という言葉は、嫌われることが多い。「能書きばかり言っていないで行動しろ」なんて、よく言われる。しかし著者は、それは違う、という。むしろ「能書きがきちんと煮詰まっていないから、実行しようにもできないんだ」と。

「能書きよりも実行」という考え方が生んだのは、自滅的な作戦を「実行あるのみ」と敢行した、太平洋戦争下のインパール作戦だ。それではいけない。むしろ徹底的に「能書き」を尽くすべきなのだ。それは言いかえれば、「説得」と「納得」のプロセスをいかに辛抱強く繰り返すことができるか、ということ。その面倒さを嫌がる人たちが、「能書き無用!」を叫び、突撃し、自滅する。

自治体職員に向けた「檄」もある。地域という現場に立ち、立案し、構想する。そして、町民の「希い」を育て、応援し、受け止めて具体化するのが、それが自治体職員の役割である、と。まったく同感であり、その責任の重さを、改めて突き付けられた気がする。