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自治体職員の読書ノート

仕事は福祉系。読書は雑食性。業務連絡はnsa59871atmarkexcite.co.jpへどうぞ。

【870冊目】瀬戸内晴美『美は乱調にあり』

美は乱調にあり

美は乱調にあり

大杉栄に関する本を読んでいて、目立ったのが伊藤野枝の存在だった。関東大震災直後、大杉栄や甥の宗一とともに虐殺され(手を下したのは甘粕大尉とされているが、竹内労氏はそれに異を唱えていた)、28歳の短い生涯を閉じた女性だ。大杉栄とのあいだに5人の子をなしたが、その名前たるや「魔子」「エマ(養女に行き、幸子と改名)」「エマ」「ルイズ」「ネストル」と尋常ではない。しかも大杉栄の前に同棲していたのは、のちに日本ダダイズムの中心人物となった辻潤という、これまた一癖も二癖もある大正アナキズムの登場人物のひとりというから、これは明らかにタダモノではない。いったいこの女性、何者か。

それを知りたくて手に取ったのが本書。若き日の瀬戸内晴美(のちの寂聴)が書いた、伊藤野枝の伝記小説だ。ちなみにタイトルは、大杉栄の「美はただ乱調にある。諧調は偽りである」というフレーズに由来するらしいが、伊藤野枝という「乱調」の女性にはまさにどんぴしゃりのタイトル。ただし、本書は伊藤野枝の「半生」を綴るにとどまる。具体的には、生まれ育ちから辻潤との生活がメインで、大杉栄に走るのは終盤近くになってから。むしろ本書の冒頭に、著者が伊藤野枝の親族に直接会って話を聞くシーンが置かれていて、後半生はそこから間接的にうかがうことができるのみである(大杉栄を描いた『諧調は偽りなり』を読めばよいのかもしれない)。

もっとも、伊藤野枝という女性を描くという意味では、この期間を軸に据えてよかったのかもしれない。辻潤との情熱的な恋愛、平塚らいてうと知り合い、『青鞜』に携わる日々などを丁寧に描くことで、伊藤野枝という人物そのものが見事に立ち上がってきている(後半生はどうしても、大杉栄という強烈なキャラクターの陰に隠れてしまうきらいがあるような気がする)。なお本書の特に中盤では、平塚らいてうたち「新しい女たち」の活躍、とりわけ『青鞜』をめぐるエピソードがいわばサブストーリーとして展開されており、これはこれで非常に面白かった。デモクラシーとアナキズムのこの時代は、同時に日本におけるウーマンリブフェミニズムが萌芽した時代でもあったのだ。