自治体職員の読書ノート

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【865冊目】野沢和弘『わかりやすさの本質』

わかりやすさの本質 (生活人新書)

わかりやすさの本質 (生活人新書)

ユニバーサルデザイン」という設計思想がある。老若男女、障害の有無や国籍を問わず、誰もが使える製品や施設のデザインのことだ。障害者や高齢者にとって使いやすいものは、それ以外の人にとっても使いやすい、という考え方がその根本にある。

本書を読んで思ったのは、これは文章における「ユニバーサルデザイン」ではないか、ということだった。著者は毎日新聞の記者であり、同時に、知的障害自閉症の息子をもつ父でもある。それが知的障害者のための新聞「ステージ」の作成に携わることになり、「小学校三年生が読んでも分かるように」環境問題や沖縄米軍基地問題原発の事故隠しやO157について書くことを求められる。ところが記事を書いてみると、著者や同僚記者、つまりプロの新聞記者の書いた記事が、知的障害者でもある編集委員によって真っ赤に直される。

その中で著者がつかんだ、本当に「分かりやすい」文章を書くための秘訣が、本書にはぎっしり詰まっている。主語と述語の関係を明瞭にすること。繰り返しを厭わないこと。ひとつの文は短く区切ること、文章の「のりしろ」を大切にすること、等々、ポイントはいろいろあるが、中でも一番の要諦は、「的確に省略すること」であろう。言い換えれば、情報の「骨」にあたる部分をきちんと抜き出して徹底的に分かりやすく説明し、贅肉の部分は思い切ってばっさりと切り落とすのだ。何がその文章の「言いたいこと」なのかを一言でつかみ、他のすべての文章のベクトルを、その「一言」に向けるのだ。

そのためには、「この記事の骨は何なのか」を、記者自身がきちんと認識していなければならない。新聞記事はそのあたりが意外と散漫だ。別の意味での「省略」が効きすぎて、わかる人だけわかればよい、という文章になってしまっている。サッカーの解説にサッカーボールが登場しない、という指摘はそのことを象徴的に表しているように思う。

なお公平を期して書いておくと、もっとひどいのは、われらが「自治体広報」。どの自治体の広報誌を見ていても、ごてごてと贅肉ばかりが並んでいるメタボ文章のオンパレードだ。その理由には、小難しい言い回しや「正確な言い方」にこだわるあまりの複雑怪奇な構文、公文規程や法律の感覚で文章を作っている人が多いこと、さまざまな例外事項を並べたてすぎてわけがわからなくなっていること、そもそも基本的な文章の書き方が分かっていないこと(そういう職員は意外と多い)など、いろいろあると思う。しかし、一番の根っ子にあるのは、新聞記者と同じく、記事を作成する職員も、広報したい内容の「骨」をつかめていないことではないか。

自治体の施策には障害者向け、高齢者向けのものも数多い。自治体広報こそ、文章のユニバーサルデザイン化を目指すべきであろう。そのためには、自治体も「子ども広報」や「障害者広報」を出す必要があるのかもしれない。原稿を事前に知的障害者や子どもの「編集委員」に読んでもらうのもよさそうだ。

いずれにせよ、知的障害者は今の自治体広報からも新聞からも情報的に締め出されている。そうしたところからの情報が入ってこなくなっている。そのことは、知的障害者の方々にとってもそれ以外の方々にとっても、決してよいことではないと思う。そうした状況から抜け出すための大きなヒントを、この本は与えてくれている。