自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【863冊目】倉田卓次『裁判官の書斎』

裁判官の書斎

裁判官の書斎

著者は知る人ぞ知るベテランの元裁判官。裁判官としての実績も相当なもので、特に交通裁判関係ではよく知られた人だが、一方で無類の読書家としても有名。本書はその読書家としての面に光を当てたエッセイ集。

とにかく関心の幅が広いし、一度興味をもったらスッポンのように離さない知的な粘着力はものすごい。本書で言えば、『魔睡考』では鴎外の小説『魔睡』にはじまって「魔睡」という用語の由来を延々と論じ、『樟か楠か』では両者の違いに疑問をもち、いろいろな文献にあたりながらとことん考えをめぐらす。特に後者は、元日に『魏志倭人伝』を読んでいてその疑問に再会し(元日からその選書もすごいが)、本屋も図書館も閉まっているなか、自宅にある蔵書から参考文献をどんどん引っぱり出し、考察を深めていくという状況であり、限られた資料のなかでよくぞここまで思考を巡らせることができるものだ、と驚かされた。

また、読書論では『本を読む場所』という一文がおもしろい。何せこの人、路上読書(つまり歩きながらの読書)は50年、厠上読書(トイレの中での読書)は27年、それに電車の中(車上)、就寝前のひととき(枕上)をあわせて「四隅の時間」読書を実行しているのである。ちなみにこの「四隅の時間」とは、旅行鞄にものを詰めるとき、どんなに詰めても四隅には小物を詰めるスペースくらいはあるように、余暇時間をまとめてとることは難しくとも、小さなコマ切れの時間くらいはあるものだ、というような意味らしい。確かにそれぞれの時間はせいぜい5分か10分だろうが、積もり積もれば著者のように、多忙を極める裁判官でありながらとてつもない読書量を得ることもできるのだから、バカにならないとはこのことだ。

どの文章も実にうまい。判決文のような堅苦しい文章とはまったくちがう、読みやすくてメリハリがあり、知の香りがふわりと漂い、しかもユーモラスで決して威張らない、実に魅力的な文章である。初出の多くは法曹関係者向け雑誌や裁判所内部の「○○だより」のような内輪向けのものだが、いやいや、こんな名エッセイ、法曹関係者だけに読ませておくのはもったいない話である。