自治体職員の読書ノート

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【858冊目】ガブリエル・ガルシア=マルケス『族長の秋 他6篇』

族長の秋 他6篇

族長の秋 他6篇

長編『族長の秋』のほか、短編『大きな翼のある、ひどく年取った男』『奇跡の行商人、善人のブラカマン』『幽霊船の最後の航海』『無垢なエレンディアと無常な祖母の信じがたい悲惨の物語』『この世で一番美しい水死人』『愛の彼方の変わることなき死』を収めた一冊。

6つの短編はいずれも幻想味が強く、寓話的でファンタスティック。とはいえ、「幻想」が夢のようなふわふわしたものではなく、ずっしりしたリアリティの根っこと、熱帯的な濃厚さをもっているのがガルシア=マルケスらしい。幻想なのにリアル、という不思議な形容がちっとも不思議じゃないのが、この著者の世界である。

そして、本書のおよそ4分の3を占めるのが『族長の秋』。こちらはある国家(名前は記されていない)の大統領(こちらも無名)を描いたものなのだが、時間が単線的に進むのではなく、らせん状に渦巻いている。なにしろ、物語は大統領の死から始まるのだ。大統領は大統領府のなかで、床にうつぶせになったままひっそりと死んでいる。腐臭が都に漂い、邸内は荒廃し、ハゲタカが窓を食い破り、バルコニーには牛が闊歩する。そして、おもむろに話は大統領が健在だったころに戻る。

時折挟まれる行間のスペースを除いては、段落もなく会話のカギカッコもなく延々と続く文章。時間すら一方的には進まない。しかも異様で幻想的な描写が、たたみかけるように連打される。どこをとっても濃密で、隙間というものがまるでない。その独特の文章に、最初はとまどい、しかしそのリズムに慣れ始めると止まらなくなる。ありえないような非現実の描写が当たり前のようなリアリズムで語られるに従って、現実と非現実の境目がみえなくなり、読者はラテンアメリカの極彩色で高湿度で魔術的な世界に連れ去られる。

大統領はどうやら、イギリスの後ろ盾を得て、それまでいた「老獪で有能な」大統領を追い落として今の座に就いているらしい。思いつきで政令を発し、反乱の気配におびえ、誰も信用できず、夜には自ら大統領府を見回り、寝室の扉に「3個の差し金・3個の掛け金・3個の錠前」をおろさなくては安心して眠れない。その孤独と猜疑は、表向きには暴虐と残虐をもって示される。特に強烈なのは、反乱を疑われたロドリゴ・デ=アギラル将軍の悲劇だろう。ドミノの勝負で5のダブルの手を見た大統領が「これこそ裏切り者の手だと内部でささやく声を聞いた」だけの理由で将軍は、オーブンでこんがりと焼きあげられ、カリフラワーや月桂樹で飾り付けられ、内部には松の実や野菜をたっぷり詰め込まれて、将軍の配下である兵士たちが居並ぶ宴席に登場するのである。

この小説には、独裁的で、おそらくはイギリスの傀儡であると思われる大統領の暴虐と孤独が、このようにしてみっちりと描かれている。何でも命令通りになり、誰もが服従するがゆえに、かえって人を信頼することができず、不信は残虐性となってあらわれる。その姿は、大統領の死後、バルコニーをうろつく牛のように、さびしく、哀しい。