自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【855冊目】芦原義信『街並みの美学』

街並みの美学 (岩波現代文庫)

街並みの美学 (岩波現代文庫)

諸外国の都市の街並みの美しさを考察し、日本における都市の美学を考える一冊。

取り上げられている都市が属する国はフランス、イタリア、アメリカ、イランなど多岐にわたる。気候も民族性も異なる国々のこと、都市の外観もそれぞれ大きく異なる。しかし、どの都市もその土地にあった美しい街並みを実現していることが、豊富な図解や写真とあわせて解説される。

上に挙げた国には、実は共通項がある。湿度が低く(特に夏場の空気が乾燥している)、そのため石や煉瓦を積み上げて造る「組積造」の住宅が多い。壁が厚く、遮音性や断熱性にすぐれ、容易に建て替えができない(したがって住宅の寿命は数百年単位となる)。一方、夏場に高温多湿となる日本で発達したのが、木の柱を組み合わせて造った住宅だ。石造りに比べて湿度を逃がしやすく、開口部を設けやすいため通気を確保しやすい。一方、断熱性は極めて低いため、火鉢やこたつなどの直接暖房が多い。地震に強いのもこの構造の特徴である。

つまり、建物の構造はその土地の風土によって大きく規定される。街並みについても同様で、例えばイタリアの都市の街並みが美しいからといって、日本で同じような街並みを造ってもダメなのだ。もっとも、それは日本の都市の街並みが醜いものであってもよい、ということではない。実際、京都の町屋が並ぶ街並みのような例は見られるのだから、無理ということはないはずだ。

著者は「内」と「外」に関する諸民族の考え方が、街並みの様相に大きく影響しているとみる。その上で、ヨーロッパ等の「外から内を見る」街並みづくりに対して「内から外を見る」式の街並みづくりを提案する。もっとも、その具体例として、日本の一戸建て住宅の多くが塀によって囲われていることを問題視し、欧米のように道路の両側に緑地を設け、そこから建物に直接つながるような方式にすべきだ、としているのには少々疑問が残る。確かに、そのようなスタイルのアメリカ郊外型の街並みが「美しい」ことは否定しない。しかし、前に読書ノートを書いた『見えがくれする都市』でも指摘されているとおり、建物の周囲を塀で囲む日本式の住宅様式は武家の屋敷町に連なる一種の住宅文化の産物であり、それそのものが「内」と「外」に対する日本的感覚のひとつの反映なのだと思う。それを単純に「欧米のようにせよ」というのは、少々拙速に過ぎるのではなかろうか。事実、かつて武家屋敷が立ち並んでいた地域では、白いなまこ壁の外壁が通りに沿って並び、整然とした美観を作りだしていたと聞く。外壁があるから美しい街並みは造れない、という理屈は成り立たない。

それ以外にも看板や突起物の扱いなど、日本の風土に根ざした美しい街並みを、という割には欧米追随的な思考が随所に見え隠れしているのが気になるが、それでも本書が「街並み」のあり方について重要な示唆を与えてくれる本であることには変わりはないと思う。都市計画に携わる人なら、とにかく一度は読んでおくべき。